ウラル龍脈探訪記!!

ウラル山脈(ロシア連邦)

ウラル山脈はアジアとヨーロッパの境界

ウラル山脈は東経60度線沿いに、カザフスタン北部から北極海沿岸まで南北に約2,500qにわたる山脈です。永年の風化により1,000 m級の山々の連なりとなっています。このウラル山脈を境界として東をアジア、西をヨーロッパとされているのは御存じでしょう。ウラル山脈の成因についての説明は備考を参照して下さい。

 

 今回の目的地は、中部ウラルと呼ばれる地域で、ウラル山脈の中では最も低い山々( 700 m級 )の連なりと白樺などの森林地帯となっています。隕石の落下で騒がれたチェリャビンスク市の北西約80qに位置するチェリャビンスク州クイシトゥイム市にやって来ました。

 

風光明媚なスゴマク湖

 この辺りは大小様々な湖が点在し、とても風光明媚なところなのです。しかしです。実はここから約10q東にマヤークと言うかつて秘密都市(存在すら知られていなかった)があり、旧ソ連時代2度にわたり重大な核事故を起こしています( ソ連崩壊後明らかに )。風向きが北東方向であった為、クイシトゥイムは被害を免れたと言うのですが( ホントかなぁ)。「安心して下さい、汚染されてませんよ」。放射線測定器で測ってみました。龍脈の近くですので東京の3倍はありましたが( 因みに、ローマは東京の10倍です )極々正常でした。私は出張する時は何時も放射線測定器を持って行きます。古代の風水師は感性を研ぎ澄まして龍脈を探したのですが、現代の風水師( 似非風水師? )は放射線で探すのです。その理由は「古代風水学入門」を御覧下さい( ネタばれになるので御免 )。

 

無数のオーブが飛び交う石英鉱山の坑道内

 クイシトゥイムの石英原料会社を訪問しました。早速、鉱山調査です。自己責任確認書にサインし、照明付きヘルメットと小型酸素ボンベを装着し、いざ龍脈の真っただ中へ。旧ソ連時代に掘られた坑道は立派なもので、流石アメリカと覇を争っただけはあります。坑道内には無数のオーブが、「安心して下さい、霊ではありませんよ( いくつかは霊? )」。強い龍脈エネルギーは精密機器に影響を及ぼします。ょよ良くある事ですよょ。ここの石英は、特殊な精製をすると、天然水晶を超える純度になります。それに目を付け「やっと、ここまで来たんです( 大泣き )」。アメリカのアラスカイトも天然水晶並みの純度が得られますので、どちらも龍脈の素の原料としては申し分ないのですが、より良い方を取りたいのが人情です( よって、もうアメリカに行く事はないでしょう )。人類の祖先はホモサピエンスになってからも永らく洞窟を棲家としていました。強い龍脈エネルギーを受けて進化したのでしょう。しかし、ここは深すぎます。閉所恐怖症の私には辛い。無事に娑婆へ出られてホッとしています。

 

 この会社の社長はレーニンに似ていて、見た目がちょっち怖いのですが、笑うと何とも言えない優しい笑顔を見せる好人物です。奥さんにも見ず知らずの東洋人にハグしてくれる程の歓迎を受け、恐悦至極で御座いました( 御土産が利いたかな? )。後日、招待されて冬( 極寒 )のクイシトゥイムを訪れる事になるとは思いもよりませんでした。

 

アナ雪の様な白銀の世界(Snow White)

 そう言う訳で、冬( 極寒 )のクイシトゥイムにやって来ました。一面の銀世界が広がっています。気温はマイナス25℃です。「兎に角寒い!!!」。この雪道を凄い速度で走り抜けます。「恐い!!!」。木の枝にはぎっしりと樹氷が張り付き、まるでアナ雪の世界です。「美しい!!!」。エカテリンブルクからクイシトゥイムまでの道のりだけで、白銀の世界を十分堪能させて貰いました。しかし、翌日早朝から観光と称し雪原の中を引き摺り廻される事に...。

 

馬牧場での朝日(Sunrise)

 プレゼントされたロシア帽( ウシャンカ )をかぶり、いざ出発。私は夏も冬も帽子をかぶるのが苦手なのですが、マイナス20℃以下の世界では帽子をかぶらないと死ぬそうです。まだ死にたくないので仕方なく「郷に入れば郷に従え」です。まずは、馬牧場に連れて来られました。小汚い、いやいや、趣のある小屋で薪ストーブにあたりながら朝日を待ちます。朝日を眺めるのは私の日課です( 龍脈エネルギーに身を晒しながら朝日を浴びるのは、とても気持ちが良いですよ )。良い馬がいると言うので見に来たのですが、「ただの馬じゃん」。馬の良し悪しは全く解りません。

アジアとヨーロッパの境界(Ural Border)
 さて、アジアとヨーロッパの境界にやって来ました。と言っても標識があるだけです。左がアジアで右がヨーロッパ( どちらでも構いやしません )。

 

境界越えの儀式(Ceremony)

 運転手が境界越えの儀式と称して、ウイスキーのボトル( 何故ウォッカじゃないの? )を取り出すと、私に飲めと言うのです。無事に戻って来られる様にとの御呪いだそうです( この先そんなに危険なんかい )。流石に朝からの飲酒はと思ったのですが、「郷に入れば郷に従え」です。何杯も飲めば何回でも戻って来られるとの事( 1杯で十分だろよ )。仕方なく3杯飲みました( 凄く寒かったんです )。運転手なんか10杯くらい飲んでました( 飲酒運転だろがよ )。「安心して下さい、ここはロシアですよ( そんな問題か? )」。儀式も済みいざ出発。運転手も調子が良さそう、て言うか「さっきよりも運転が上手くなってるじゃん( アル中なんかい )」。アル中の運転するスバル( ロシアではスバルの四駆が人気です )は雪原の中へ消えて行きましたとさ(オイオイ)。スゴマク湖周辺には、クロスカントリーのロシア代表選手強化合宿所があり、宿泊施設が充実しているとの事で、その宿泊所の1つであるロッジに到着。ここでスノーモービルに乗り換え、いざ大雪原へ。

ウラル山脈の真っただ中の龍脈(花崗岩の断崖) クロスカントリーのコースを突っ切って花崗岩の断崖へ到着。ここは観光名所になっているらしいのですが、冬に訪れるバカは私くらいのものでしょう( 私が望んダ訳ではありません )。ウラル山脈の真っただ中の龍脈に到着です。しかし、龍脈エネルギーをゆっくり堪能する余裕はありません( 凍りそうです )。やっとの事で先ほどのロッジに戻って来ました。

 

凍てついた世界から無事帰還

 着くなりサウナ小屋へ直行です。日本ではサウナが気持ち良いと思った事はないのですが、凍てついた世界から無事帰還したせいなのか、生き返るような感覚です。運転手が月桂樹で身体を叩いてくれました( 癖になりそう )。そうこうしていたら、宿泊客( ? )2名が合流し、私とロシア人3名はしばらく無言で暑さに耐えていると、ロシア人は茹蛸の様に真っ赤になり、まるで赤鬼です。後から来た赤鬼の一人がロシア語で囁くと、残り二人の赤鬼が頷きサウナ部屋から出て行きます。元運転手の赤鬼が手招きするのでついて行くと、三人の赤鬼はサウナ小屋から外へ出て行きます( 勿論スッポンポン )。私は入り口で、飛馬の姉の如く外を覗いていました。赤鬼たちの体格はそれ程大きくありませんが、○○がデカいのです。私のは「おそ松君」ですので、日本の名誉を是が非でも守らなければなりません。赤鬼達は雪の上にダイブし、クロール・平泳ぎ・背泳ぎを繰り返し、一人はバタフライまでしています。起き上がるとデカいのを揺らしながらの雪の掛け合いです。一通り赤鬼の雪上祭を見学し、寒くなったのでサウナで温め、赤鬼を置いたまま通訳のお嬢さんが待つロッジに戻らせて貰いました( 付き合っていられません )。でも、この風習は、北欧やロシアでは当たり前なのです。雪の乱反射を利用した少ない紫外線を有効に浴びる方法です。私は日本に帰れば紫外線を十分浴びる事が出来ますので必要ありません。運転手が戻ったのは約1時間後です( 赤鬼たちは祭を繰り返していたのでしょう )。

 

 そう言えば、言い忘れていましたが、今回私の為に通訳を用意して下さったのですが、チェリャビンスク大学の日本語学科在学中の才媛です。日本語が上手すぎてびっくりです。

 

願い事が叶うスゴマク洞窟

 最後にスゴマク洞窟へ来ました。ここも人気スポットで、願い事が叶うらしいのです。花崗岩にあいた穴ですが、土砂が溜まっていますが、中はそこそこ広そうです。その昔、ネアンデルタール人が住んでいたとか( ほんとかなぁ )。私たちの祖先は大体この様な洞窟に住んでいたと思われます。龍脈のエネルギーをもろに浴びていたのです。

 

 私は良からぬ願いをかけて、通訳のお嬢さんと一緒の写真を撮りました。嫁には絶対に見せられません(御内密に)。しかし、後で父親の年を聞いてまたびっくり、私より3歳も年下なのです。私のささやかな夢は露と消えたのでした(ざまぁ〜みろ)。

 

 今回お世話になった会社は、スゴマク湖の北岸にあり、西のウラル山脈から強い龍脈エネルギーを受けています。いわゆる龍穴の地であります。今後の発展が期待出来るでしょう。

 

ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ二世一家銃殺の地

 クイシトゥイムを後にし、スヴェルドロフスク州の州都エカテリンブルク( ロシア第5の都市 )にやってまいりました。クイシトゥイムの北約120qに位置しています。名の由来はピョートル1世( 大帝 )の皇后で後の女帝エカテリーナ1世に因みます。ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ二世の一家が銃殺された地でもあります。その場所は今、エリツィン元大統領が州の一等書記時代に取り壊され、その跡地には「全ロシアに輝ける諸聖人の名による、血の上の」大聖堂( 長いな )があります。狂っていた時代とは言え、一家惨殺とはロシア人は怖い!!。思わず十字を切らずにはいられませんでした( てめーは仏教徒だろがよ )。これで、ウラル山脈龍脈の旅は終わりと言いたいのですが、ロシアの首都モスクワに行かなければ不公平となりますね( やはり経由地なのです )。

 

クレムリン宮殿と誤解される聖ワシリー教会

 本当に仕方なくモスクワに来てしまいました(ウラル山脈とは関係ありませんが御容赦願います)。モスクワと言えばクレムリン。クレムリンと言えば写真の建物を思い浮かべますが、これは聖ワシリー教会です。クレムリン宮殿は左の壁の内側で、大統領府はちょうど壁の向こう側にある筈なのですが、アメリカと比べると閉鎖的と言えるかも知れません。ウラジミール( プーチン )と叫んでも聞こえません。すかさず銃殺となってしまうかも( 怖い!! )。ここが冷戦時代の東側の中枢だったと思うと感慨深いですね。

 

赤い花崗岩で出来た廟の中にはレーニン廟(赤の広場)

 クレムリン宮殿の北東側城壁の外側に広がる赤の広場の城壁側にレーニン廟があります。赤い花崗岩で出来た廟の中にはレーニンの遺体が展示されています。見に行く気にはなりませんでした。赤の広場は共産主義の赤を表しているのでは無く、ロシア語の赤と言う言葉には美しいと言う意味もあり、美しい広場と言うのが正解の様です。

 

モスクワ市街を一望出来る雀が丘

  モスクワ市街を一望出来ると聞き、雀が丘にやって来ましたが、雪の為に何も見えません。大そう立派なモスクワ大学が僅かに霞んで見えます。長細い車が何本も並んでいます。ロシアの結婚式は親戚・友人を載せて観光するのだそうです(大変ですなぁ〜)。売店のマトリョーシカが寒そうで可哀相。でも、買ってあげる気にはなりませんでした。モスクワは、雪のせいもあるかも知れませんが、ワシントンD.C.と比べると野暮ったい感じがしますし、暗い感じが否めません。

 

 ソビエト連邦が建国されるまでの約200年の間、モスクワは首都の座をサンクトペテルブルクに奪われていました。ピョートル1世( 大帝 )は西欧( 特にパリ )の都市を参考に新しい都市を建設したのです。その後のロシア帝国の躍進は目を見張るものがありましたが、ソビエト連邦後はちょっと息切れしてしまった様ですね。モスクワよりサンクトペテルブルクの方が明るく、洗練された感じがします。首都は意外とその国の在り方を示しているものです。そう言う視点で世界の都市を見てみると面白いものです。

 

 

 

 

[備考]

 

ウラル山脈

 

 約3億年前に、シベリア大陸とカザフスタニア小大陸が衝突(アルタイ山脈を形成)が起り、間もなく、ユーラメリカ大陸(バルティカ大陸側)と衝突する事により形成されました。この時点でユーラメリカ大陸はゴンドワナ大陸と衝突しており、パンゲヤ超大陸が完成したと言えます。その後も、ウラル造山運動はパンゲア超大陸が分裂を開始する1億8,000万年頃まで続いたと言われています。

 

 

トップページ


関連ページ

アパラチア山脈
アパラチア山脈はアメリカ合衆国を代表する龍脈です。アメリカ合衆国の覇権を支える屋台骨です。

 
トップページ サイトマップ 風水の真実 古代風水裏話 特集 商品情報 プロフィール