幼少期の経験と人格形成

息子の小学校卒業式

息子の小学校卒業式

明日、息子が小学校を卒業します。速いものですね。息子が小学校に入学して間もなく父が亡くなっていますので、私が白楽雲を名乗る様になってもうすぐ6年になるのだと感慨深いです(息子の事じゃないんかい)。

 

 私と違い息子は幼稚園の頃から女の子にモテ、小学校の3年生までに5〜6人と結婚の約束をするほどのプレーボーイでした。4年生頃から「女なんて嫌いだ」とばかりに様子が変わって来て、今では反抗期の上に、先生受けも悪く、先生からよくお叱りをいただいています。そのほとんどが他愛も無い事なのですが。

 

 私は残念ながら女の子にモテる事無く、先生受けも劣悪だったのですが、息子は違うと思っていました。しかし何故か私と同じ道を歩み始めたみたいです。中学で変わってくれると良いのですが。何があったんだ。何も言ってくれませんが、私の幼少期の出来事を話すと共感する様です。

 

 皆様には興味が無いかと思いますが、「幼少期の嫌な思い出」と言うテーマで、私が先生又は女子から受けた理不尽の数々を御紹介して行きたいと思います(私に問題があったのか?)。そこから息子に起きた異変を考察し、息子の将来に役立てばと考える次第です(嘘つけ、只言いたいだけだろ)。

 

 保育園時代の「チマキ貰えなかった事件」から話して行きたいと思いますのでお楽しみに!!(今じゃないんかい)。すみません。もう50年近く前の事ですので、少々記憶の整理の時間を下さい(ノノムラか?)。


チマキ貰えなかった事件

チマキ貰えなかった事件

それは私が保育園の年長組になったばかり、丁度6歳に成った頃です。

 

 「こどもの日」の前日の帰り際、保母さんが「みんなにチマキを配ります」と言って、チマキの束を一人ずつ配り始めました。配りながら「おうちの人と食べてね」と言っていたと記憶しています。

 

 私はその当時、チマキなどと言うものを知ら無かったのですが、嬉しくて「まだかな、まだかな」と、私の眼はチマキの束に釘付けとなっていました。

 

 やっとチマキが私の目の前に。嬉しくて保母さんの顔を見上げた瞬間、私を睨み付ける保母さんの眼がとても怖くて、思わず下を向いてしまいました。

 

 すると保母さんは私にチマキを渡さず、そのまま後ろへ行ってしまったのです。保母さんに嫌われたのか、母がお金を払っていないのかと子供心に考え、「僕貰ってない」とは言えなかったのです。

 

 この保母さんは何時も優しくて綺麗な人でした。私は大好きだったのでとても悲しかったのです。

 

 家に帰る途中で母が私だけチマキを持っていない事に気付き、問い詰められたのですが、「お母さんがお金払ってないからでしょ」と言ったのを覚えています。それしか考えられなかったのです。

 

 家に帰ってから泣き出したのを覚えています。不憫に思った父が、行き付けの八百屋に電話し、売れ残りのチマキを持って来て貰い、これが人生初のチマキでした。

 

 後日、母は園長先生に詰め寄り(母は物静かなのですが、こう言う時は押しが強いのです)、すったもんだの末、うっかり渡し損ねたと言う事で、代わりにお菓子を貰ったのを覚えています。うっかり渡し損ねたなんてありえないと子供心に思いました。

 

 保母さんは私をしっかりと見据えていたのです。故意にとしか思えません。その時の顔は忘れてしまいましたが、憎しみの籠った眼は脳裏に焼き付いています。

 

 私はやんちゃな子ではなく、極普通だったと思いますし、近所の人からも寄ってたかって「可愛い可愛い」と言われていたのです(可愛くないと言うやつはおらんやろ)。

 

 私の何がいけなかったのだろうと、今でも時々思います。因みに写真は当時の私です。そんなに嫌われ易い風貌でしょうか。何れにしても年端もいかない子供ですよ。

 

チマキ貰えなかった事件

 

 隣に写っているのは2歳年下の従妹(父の弟の末娘)。今では私より5cm背が高く、遭うと「○坊○坊」と見下されています。叔父(父の弟)の気持ちが解る気がします(「白楽雲家の人々」参照)。

 

 その年の秋頃、その先生は保育園を辞めました。理由は解りません。

 

 尚、これ以降毎年「こどもの日」になると、例の八百屋が売れ残りのチマキを持って来る様になり(こう言う時の母は押しが弱いのです)、今ではもうチマキは食べたいと思いません。


風呂底に差す美しい光

風呂底に差す美しい光

白楽雲君がまだ保育園の年中組だった冬のある日の事です。

 

 この時点では彼の父が白楽雲だったのですが、混乱を避ける為に単に父とします。また、彼は父から○ボー、母と姉からは〇ちゃんと呼ばれていました。まだ5歳の幼児です。

 

 白楽雲君の父は風水を生業としていましたが、この当時風水はメジャーでは無く、風水師なんて存在自体が皆無だった時代です。当然、生計がたつ筈がありません。

 

 父と母は副業として、陶器の素地を造る仕事(型取り)を自宅でしていたのです。仕事を終え、夕飯の時間です。母は夕飯の支度で忙しく、父は晩酌を始め、姉と白黒テレビを観ていました。

 

 食い意地の張った白楽雲君は、今晩のおかずが気になったのでしょう、母に纏わり着いていましたが、「風呂の水止めて来て」と言われ、「解った」と喜び勇んで止めに行った時の事です。

 

 白楽雲君の家は北側3分の2が居住スペースで、南側3分の1が仕事場になっていました。風呂は仕事場の南端に位置しており、台所や居間からは一番遠いところにあります。

 

 風呂には蓋がしてあり、水道の蛇口の部分だけずらしてあります。蛇口は風呂の向こう側にありますので、子供では手が届きません。

 

 蓋に左手をつき右手を伸ばし、蛇口を捻り、水を止めました。しかし、身体を起こそうとした次の瞬間、蓋がずれ、蓋と一緒に風呂の冷たい水の中へ頭から落ちてしまったのです。

 

 水を入れる為にずらしてあった蓋が不安定だったのでしょう。身を起こす反動でずり落ちてしまったと考えられます。当然、白楽雲君は抗う事は出来なかったのです。不運としか言いようがありません。

 

 当然パニックです。ジタバタするものの、水面には蓋があり、起き上がる事が出来ず、憐れにも仰向けに風呂底に沈み動かなくなってしまいました。

 

 遠のく意識の中、白楽雲君の命を惜しむかの如く、水面の蓋の脇から射す裸電球の淡い光が揺らめきながら「さようなら」と言っている様でした。

 

 美しい光を観ながら息が絶えてしまったのです。

 

 次回、白楽雲君の運命は如何に(オイオイ、死んじまったら誰が記事書いてんだ)。それを言っちゃ〜おしめ〜よ。乞う御期待(そればっかだな)。


死の淵からの生還

死の淵からの生還

一方、台所では母が夕飯の支度も佳境に入り、最後の仕上げの真っ最中です。居間では、父が晩酌をしながら、白黒テレビに夢中です。異変に気付くはずがありません。

 

 姉はその番組に興味が無く、つまらなさそうに見ていたのですが、仕事場の方から聞こえた物音に気づき、「お父さん」、「何だ」、「今仕事場の方で変な音したよ」、「ふぅ〜ん」、「ねぇ〜、ねぇ〜」、「・・・」。

 

 そこへ、母が今日のおかずを運んで来ました。「お母さん、仕事場の方で変な音したよ」、「何の音かしらね、あれ、〇ちゃんは?」、「知らない、さっきからずっといないよ」、「変ねぇ〜」。

 

 「如何したんだ」。「〇ちゃんに風呂の水止めに行かせたけど戻ってないの」。「ねぇ〜、仕事場の方で変な音したよ」。「何処行ったんだ」。「ねぇ〜、ねぇ〜、仕事場の方で変な音したってば」。「知らないわよ、何処行ったのかしら」。

 

 「ねぇ〜、ねぇ〜、ねぇ〜」。「なに、如何したのよ」、「だから、さっきね、仕事場の方で何かが水に落ちた様な音がしたの」。父と母は凍り付き、初めて異変に気がついたのです。

 

 父が慌てて風呂場に急行したのですが、水は止まっています。風呂の蓋が風呂の中に落ちているのを見て、「ははぁ〜ん、風呂蓋落として叱られると思って逃げたな」と思ったのです。

 

 白楽雲君は、悪気があってするのでは無く、好奇心旺盛なため何かと余計な事をして(大人はそれを悪戯と言うのです)、父や母にしょっちゅう叱られていたのです。自業自得でした。

 

 父が 風呂の蓋を取り出し、蓋をしようとした時、風呂底に沈んでいる白楽雲君を見つけ、慌てて引きずり出したのですが、全く息をしていません。直ぐに水を吐かせたのですが反応がありません。

 

 父は半べそを掻きながら白楽雲君の頬を何度も叩いては呼びかけてたのです。「ゲホゲホ」と咳込みながら息を吹き返したのですが、父の顔を見て「わぁっ」と泣き出しました。父の顔にも涙が溢れていました。

 

 白楽雲君は風呂に落ちたところと、風呂底から見た綺麗な光は覚えていますが、他は全く覚えていません。もしかしたら彼が見た光も、何か別の物だったのかも知れません。もう50年近く前の事です。

 

死の淵からの生還

死の淵から無事生還し、保育園年長に進級した白楽雲君

(この後苦難の人生が待っているとも知らず呑気な顔をしています)

 

 この一件の後、水を極度に怖がるようになり、風呂と洗面は出来る様に成ったものの、プールは恐怖そのものとなってしまいました。

 

 学校の水泳の授業は彼にとっては地獄と成りました。小学校の2・3年の担任の先生はそれを良い事に、嫌がる彼の顔を何度も水に無理やり押しつけ恐怖を助長させたのです。

 

 この先生について知りたい方は、小学生@(「火遊と冤罪」「お宅の坊は・・・」「円周率って何?」)を御参照下さい。兎に角、先生に睨まれてばかりの白楽雲君です。前世で余程の悪事を働いたのでしょう。

 

 結局彼は筋金入りの金槌となってしまいました。泳げるようになるのは何時の事でしょう。その辺はまた別の機会に御紹介します。つまらないかも知れませんけどね。

 

 兎に角、良かった、良かった、これで記事を書き続けられる(アホか)。


ハナモグリ

ハナモグリ

 昨日、庭でカナブンが飛んでいるのを観ました。樹液を探していたのでしょうか。諦めてとっとと行ってしまいましたけどね。

 

 子供の頃、カナブンを捕まえると、胸と胴の間に糸を結わえて、良く飛ばして遊んだものです。あまり酷使すると弱ってしまいますので、適当に遊んだら逃がしてやっていました。

 

 それには理由があり、悲しい過去の経験がそうさせたのでしょう。

 

 

 

 まだ小学校に上がる前の白楽雲と言う間抜けな少年による、悲しい出来事をお話します。

 

 白楽雲君は保育園の年長になっていました。9月の初め頃だったでしょうか、保育園からの帰り道での事。

 

 お寺の脇にムクゲの花が綺麗に咲いていましたが、その一つの花の中に黒いものが動いているのを見つけました。

 

 好奇心旺盛な白楽雲君です。何だろうと思い見てみると「あ、カナブンの子供だ」。この頃既に虫取りに夢中になっていた白楽雲君、珍しい虫には眼が無いのです。こんな小さなカナブンは見た事がありません。

 

 白楽雲君がついて来ないのに気が付いた母が振り返るとムクゲの花の前で立ち止まっています。「何しているの、早く来なさい」、「カナブンの子供がいるの」、「何・・・、ただの虫じゃないの」。

 

 母は、白楽雲君の手を引っ張って歩かせようとした反動で、手に掴んでいたムクゲの花をちぎってしまいました。花ごとカナブンの子供を連れて帰って来た白楽雲君です。

 

 父が造ってくれた虫篭の中に花ごと入れました。

 

 繁々と観察していると父がやって来て、「何してるんだ」、「カナブンの子供を見てるの」、「カナブンの子供?、どれどれ、これはカナブンじゃないぞ」、「小さいけどカナブンそっくりだよ」。

 

 「これはハナムグリって言ってカナブンとは違う虫だ」、「ハナモグリ」、「違う、ハナムグリ」、「ハナモグリでしょ」、「だから、ハナムグリ」、「ハナモグリ」。父は諦めました。

 

 白楽雲君は3歳に成るまでしゃべりませんでした。彼の言葉は「オオ〜」のみ、何を聞いても「オオ〜」。たまに機嫌が良いと「なんのんなんのん、くさのはぶら〜」と歌う事がありますが、意味不明でした。

 

 (過去記事「オガライト」に詳しい記事があります。)

 

 それが今ではしゃべる様になったのです。「ムグリもモグリも大差ないか」と思ったのでしょう。しかし、これがとんでもない悲劇を呼ぶ事になるとは思いもよらない事でした。

 

 飽きもせずハナモグリいやハナムグリを見ていると、姉がやって来ました。「何してるの」、「ハナモグリ見てるの」、「鼻潜り?」、「そう、カナブンに似てるけど小っちゃいでしょ」。

 

 「ホントだ、カナブンなら鼻に入らないけど、これなら入っちゃうね、でも変な名前」。この一言で、白楽雲君は好奇心が沸々と湧いて来たのです。

 

 「そうか、ハナモグリだから鼻に入れたら面白いかも」。そう思った彼は、「お姉ちゃん見ててね」と言うと、ハナモグリいやハナムグリを自分の鼻に近づけますが、思う様に鼻に入って行きません。

 

 ハナモグリいやハナムグリも必死です。逃げ惑っているうちに観念し、鼻の穴に活路を求めたのでしよう。やっと鼻の穴に潜り込んで行きます。

 

 「あ〜、ホントだ〜、鼻潜ってく、おもしろい」。気を良くした白楽雲君、もっと奥に入れようとお尻を押すと、ハナモグリいやハナムグリは嫌々入って行きます。しかし、鼻の粘膜を引掻いたのでしょう。

 

 「痛い、お姉ちゃん、ハナモグリ取って」。もう3分の2は鼻の中に潜り込んでいます。触れば触るほど中に入ってしまいます。自分の手には負えないと悟った姉は、「お母さん、お母さん」と助けを呼びに行きました。

 

(つづく)


運動会での悟り

運動会での悟り

(「ハナモグリ」からの続き)

 

 姉が助けを呼びに行ってる間、自分で何とかしようと思った白楽雲君ですが、余計な事をして更に奥へと入れてしまいました。

 

 母が如何したのと言いながらやって来ました。その後を姉が「〇ちゃんが、虫を鼻の中に入れちゃって取れないの」、「何で虫なんて鼻の穴に入れたりするの、ちょっと見せなさい」。

 

 最早ハナモグリいやハナムグリは、お尻がちょっと見える程度まで、鼻の穴の奥に入り込んでしまっています。「何でこんな事するの、お前は馬鹿じゃないの、お姉ちゃん、つま楊枝持って来て」、「はぁ〜い」。

 

 母はつま楊枝でほじくり出そうとしましたが、ハナモグリいやハナムグリも必死です。捕まって成るものかと奥へ奥へと潜って行きます。

 

 その度に白楽雲君の鼻の粘膜を引掻くのですから、とうとう「痛い、痛い」と泣き出してしまいました。そこに父がやって来ました。

 

 「何をしたんだ」、「〇ちゃんがね、鼻潜りを鼻の穴に入れたら取れなくなっちゃったの」。「虫を自分の鼻の中に入れるなんて聞いた事ないわよ、ダメ取れない、どんどん奥に入って行っちゃう」。

 

 「ちょっと見せて見ろ、これはあかんわ」、「如何しよう、医者に連れてった方が良いかしら、お姉ちゃんがついていて何でこんな事させたの」、「止めなさいって言ったよ」(言ってません)。

 

 「こう言う時は逆に奥に入れちゃった方が良いんだ」と言って、父は、つま楊枝で突いて奥に入れてしまいました。「どうだ、もう痛くないだろ」、「うん、痛くない」、「放っておけばそのうち出て来るさ」。

 

 狭いところを無理やり入ろうとするから痛いのです。広いところに出て、ハナモグリいやハナムグリも落ち着きを取り戻したのでしょう。時々動く為にムズムズしますが、痛くはありません。

 

 2・3日もすると、全くムズムズする事も無くなり、白楽雲君はハナモグリいやハナムグリの事をすっかり忘れてしまいました。

 

 1ヶ月程経った保育園の運動会です。お遊戯が全て終わり、母とフォークダンスをしている時です。白楽雲君は突然鼻がムズムズして、クシャミをした瞬間、鼻から何かが飛び出すのが解りました。

 

 同時に、母が手を見ながら、「何これ気持ち悪い」、「ハナモグリだよ、今鼻から飛び出したの」と言って取ってあげました。彼の鼻水に塗れてピクリともしないハナモグリいやハナムグリを見て白楽雲君は悟りました。

 

 「お父さんの言う通り、でも、ハナモグリさんを殺したのは僕なんだね」。

 

 列を離れ、母が「何処に行くの」と言うのを振り切り、木の根元に穴を掘り、今飛び出して来たハナモグリいやハナムグリを埋めてあげたのです。

 

 「ハナモグリさんごめんね、もう、あんな事しないよ」と心に誓うのでした。

 

(終わり)

 

 

 

 現在の白楽雲さんはこう言います。「今の私の鼻の穴ならば、カナブンだって入れる事が出来るでしょう、でも、入れたいとは思いませんね」と。50年近く経つと人間は成長するものですね。

 

 更にこう言います。「あの時、父が放っておけばそのうち出て来ると言ったのは、多分同じ経験をした事があったのでしょう、今となっては確かめ様がありませんが、あの世に行ったら真っ先に聞いてみたいですね」と。

 

(黙って聞いてりゃ、お前ら阿保やろ)


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古代風水研究会を主催する白楽雲がどの様な境遇で育ったかを御紹介いたします。決して楽しいものではありませんでしてが、生きる糧と成った事は間違いありません。
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