幼少期の経験と人格形成

疑惑の滑り台

疑惑の滑り台

駄菓子がらみでもう一つ。小学校の4年生の夏休みだったと思います。

 

 その日は、私の秘密の虫取りスポットに行き、ノコギリクワガタをゲットした帰り、牛乳屋さんでアイスを買い、坂道を片手運転で自転車を走らせていた(良い子は真似してはいけません)時です。

 

 スピードを落とそうとブレーキを握った瞬間、握りが軽くなり、全くブレーキが利かなくなりました(ワイヤーが切れたと直感しました)。でも、前輪ブレーキは生きています。しかし、右手には先程買ったアイスが・・・

 

 この坂は、細い道路なのですが、50m程先で少し広い道路にぶち当たります。大通りの迂回路として交通量が結構あります。運が悪いと車と衝突の危険があります。

 

 咄嗟に私の頭のコンピューターは、二つの選択肢をはじき出しました。@アイスを捨てて、前輪ブレーキを掛ける。A自転車を左側の石垣にぶつけて止める。少ないお小遣いで買った大好きなアイスを捨てる訳には行きません(意地汚いなぁ) 。

 

 最早迷いはありません。運の良い事に石垣の階段があり、そこに自転車を滑り込ませました。衝撃と反動で自転車ごとひっくり返りましたが、あっぱれ、その右手にはアイスがしっかりと握りしめられていました(執念凄!)。クワガタも無事です。

 

 ただ、後で考えると、アイスを口にくわえる事も、左手に持ち替える事も出来た筈です。片手運転どころか両手放しもお手の物だったのですから(良い子は真似しない)。まだまだ未熟な白楽雲少年でした。

 

 男の子は危険な行為を重ねる事により、危機回避能力を身に着けると言われます。女性の方には理解出来ないかも知れませんが、御主人又は恋人に聞いてみて下さい。必ず一つや二つはある筈です(お前はあり過ぎなんじゃ)。

 

 私が40歳に成る前ですが、以前勤めていた会社の組合旅行(日帰)で、浜松の航空自衛隊を見学した時の事ですが、隣接する公園で滑り台に乗りたいとせがむ娘を抱えて滑ろうとした時です。

 

 前日の雨で、滑り台はうっすらとザビています。おニューの服だったのでお尻を汚したくなかった私は、いわゆるウ○コ座りで滑ろうと思い、滑り台と靴底の摩擦係数と入射角度を計算し(どんな計算やねん)滑り始めました。

 

 しかし私はサビによるイレギュラーを見逃していたのです。突然ブレーキがかかり、反動で前につんのめった瞬間、娘を滑り台に置き、横に飛び降りました。うまく受け身が取れたのですが、足を滑り台に打ち付けかなり痛い。

 

 痛い足を我慢し、娘のもとに駆けつけると顔から地面に落ちています。慌てて抱きかかえると、何処もけがは無く、「おもしろぉ〜い、もう一回」と喜んでいます。「二度とするか」と言う言葉を飲み込みましたが、私はその時「死」を覚悟したのです(まじでぞっとします)。

 

 せがむ娘をなだめ、嫁に預けるとトイレに直行し、ズボンを捲るとかなりの出血です。ティッシュをあてがい、トイレットペーパーを包帯代わりにし、たまたま持っていた輪ゴムで留め、何食わぬ顔で戻りました。運よく服に損傷はありません。

 

 結果的に最善の選択をしたんだと思います。あのまま娘を抱いたまま転落していたら二人とも、ただでは済まなかったでしょう(少年白楽雲の御蔭です)。咄嗟の判断で大事にならなくて済みました。

 

 しかし、ある疑惑が顔を出すのです。私は自分だけが助かりたくて、娘を放置して逃げたのではないかと言う疑惑です。父としては最後まで娘をしっかりと抱き抱えているべきだったのではないかと。

 

 この話は嫁も娘も知りません。私の怪我も上手く証拠隠滅を図りました。皆さんもどうか御内密に願います。私は死ぬまでこの「疑惑の滑り台」と闘いながら生きて行くのです(なんじゃそれ)。

 

 それよりも、「娘よ、そんな危険に巻き込んだ父さんを許しておくれ」・・・。


暴力塾

暴力塾

小学校の4年生の時が、小学校生活最良の一年だった事は小学生@の「藤井先生@」と「藤井先生A」で申し上げました。それ以外では不遇であった事も申し上げました。知りたい方(そんな人いるかよ)は、御参照下さい。

 

 私が5年生の時、勉強について行けないと担任の先生から指摘を受けた母に、塾に行かされました。この担任は、私には何も言わないで、母に告げ口をする先生でした。

 

 塾の転入試験を受けると、A・B・Cの3つのクラスの中で最低のAクラスです。まぁ実力と言うやつですか(何偉そうに言ってんだよ)。

 

 私は4年生から野球部に所属し、大好きな藤井先生と××先生の指導を受けていました。野球部では××先生の方が私に好意的でこの先生も大好きだったのです。

 

 塾に通うと言う事は、部活を休まなければならないと言う事で、母との約束は、学年末のクラス替えテストでBクラス以上に成れたら止めても良いと言う事でした。

 

 この塾の特徴はスパルタ教育で、塾の先生がダメな子にはビンタを張る事なのです。当然親も承知で入れるのですから、公然の暴力ですね。

 

 塾の宿題忘れたらビンタ、授業中に当てられて出来ないとビンタ、テストで70点以上出来ないとビンタ。Aクラスはほぼ全員ビンタです。

 

 でも、子供はビンタ張られても慣れてしまい、ビンタ張られたからと言って勉強するものではありません。その証拠に、Aクラスから這い上がったものはほとんどいません。
 私は兎に角、塾なんて早く辞めて、野球をやりたいと言う一心だったのです。

 

 御蔭で3学期からはビンタされる事は無くなり、クラス替えテストで、AからFの6クラスの内上から2番目のEクラスへ昇格、と同時に塾を辞めました。

 

 残念なのは、塾を辞めた途端勉強しなくなったのですから、6年生での成績は急降下してしまいました。全く懲りない白楽雲少年です。

 

 今では考えられないでしょ。こんな塾があったらマスコミが大騒ぎですよね。カメラの前で手を振ってますよ。

 

 私の母を怒らせるとビンタをされました。そんなの普通だった時代です。でも、母は全く怖くなかったですね。逆に、父は手を出す事は一度もありませんでしたが、怒ると恐怖そのものでしたね。

 

 暴力は人を変えたりしないと言う証拠でしょう。今、躾だと称してお子様に暴力を振るっている方がいるならば、直ちにやめて下さい。子供に暴力が利くのは、初めの数回だけです。

 

 慣れっこになると、冷めた目で、腹の中で馬鹿にされるだけですよ。

 

 まちがって、命を奪ってしまったなら、一生の後悔とその子の亡霊に悩まされる事になるでしょう。ただでは済まない事を覚悟して下さいね。一度空中浮揚してみますか。


カブトムシ(お姉ちゃんを返せ)

カブトムシ

昨日、お寺さんと父の7回忌法要の日取りを決めました。そして、姉に伝えたのですが、ちょっと昔話に花が咲きまして、ある事を思い出しました。

 

 私が確か小学校の3年生の夏休みの終わり頃だったと思います。姉は5年生です。近所の空き地で遊んでいたのです。空き地と言っても、山を大きく削り、造成途中で放棄された様になっていました。

 

 遊べる場所は二段に分かれていて、下の段は野球が出来る程の広さがあり、上の段は半分程の広さですが、右と左はそのまま林に隣接しており、奥は山の反対側へ降りる道路と接していました。民家は少し道路を降らないとありません。

 

 右側の林は鬱蒼とした森の様で、カブトムシやクワガタが良く取れるのですが、左側は松や灌木などが多く、かくれんぼには都合が良いものの、カブトムシはいないのです(カブトムシが好きだな)。

 

 私は男の子達と下の段で、姉は女の子達と上の段で遊んでいたのです。上と下との通路など無く、脇の崖を横歩きしながら上がって行ける幅があるだけです。下からは上は死角になって見る事が出来ません。 

 

 随分と暗くなって来たので、帰ろうと思ったのですが姉は下の段にはいません。姉と遊んでいた女の子達が上から、恐る恐る降りて来ましたが姉の姿が無いのです。

 

 「お姉ちゃんは?」、「男の人について行ったよ」、「男の人って誰」、「知らない人」。

 

 当時、学校や親から、人さらいに気を付ける様、言われていたので、もしかしてと思い、友達にも「お姉ちゃん探して」と頼み、必死に探し回りました。

 

 「如何しよう、さらわれたんじゃないの、何処行ったの」と、気が気でありません。私は、道路の先まで探したのですが見当たりません。残っているのは隣接する林の中だけです。

 

 他の子には右の林を、私は左側の林を探しました。林の中はもう暗くてよく見えませんが、奥へ進んでいくと話し声が聞こえてきました。さらに奥へと進むと姉と若い男が座って、話をしています。

 

 これは人さらいに間違いないと思った白楽雲少年は、怖いのを押し殺し、皆にも聞こえる様に、ありったけの大声で、 「お姉ちゃんを返せ〜」と叫んだのでした。子供の武器は大声しかありません。

 

 男はびっくりした様ですが、「話をしてただけだよ、話が終わったらカブトムシあげるから」と言います。私は「カブトムシは何処」と言うと、男は「話が終わったら、ここで捕まえてあげる」と言うのです。

 

 「嘘つけ〜、カブトムシはあっちの林にしかいないよ、お姉ちゃん早く帰ろ、この人嘘つきだから、早く」と言って、手を引っ張って林から出て行こうとしました。

 

 「本当にカブトムシ要らないの」と男が声をかけて来たので、私は振り向き、男を睨み付けて、「人さらい」と、もう一度大声を出し、姉の手を引きながら林から出て行きました。

 

 すると、「もうちょっとでカブトムシ貰えたのに」と姉。私は「カブトムシくらい僕が捕まえてあげるよ」と言ったのですが、姉は不服そうでしたね。私の声に気付いて友達も集まって来ました。

 

 ふと林の中を見ると、男の姿はもう無くなっていました。私の心臓はバクバク、脚はガクガク、汗ダクダク、バスガス爆発(何の話してんだよ)、兎に角、恐怖と安心したのとで、泣きそうだったのです。

 

 友達と別れて、家までの道すがら、「姉は私よりもずっと頭が良く(クラスで1・2を争っていました)、しっかり者なのに、何故知らない人について行くんだ」と腹が立ちましたが、言葉にならず、泣き出してしまったのを覚えています。

 

 姉も流石に悪いと思ったのでしょう。「本当に何も変な事しなかったよ、学校の事聞かれただけだよ」と言っていましたが、私はただ泣いているだけでした。

 

 姉が叱られない様に、私は親には言いませんでした。でも、言わなければいけなかったですよね。他に被害者が出たかも知れません(本当に人さらいだったのかよ)。

 

 皆さんは如何思いますか。私の勘違いでしょうか。今でも、あれは間違いなく、何かの意図があったのだと思うのです。男が「カブトムシをあげるよ」っていったらそういう意味でしょ(如何言う意味だよ)。

 

 全く〜、男の立派なカブトムシあげるって意味だろ(なるほどね、お前のは広東省の角の短いカブトムシだな)。確かにあれは貧弱だったよな。オイオイ、一心同体なんだから同じだろ(・・・)。勝った(やかましい)。

 

 大人になった今でも、姉は「カブトムシ貰えなかった」と怒っています。確かに、私は姉にカブトムシを採ってあげませんでした(何だそっちかい)。だって、もうカブトムシの時期は終わっていましたからね。

 

 昨日、姉との電話で、この話題が出たのですが、「カブトムシ採ってあげようか」と言ったら、「間に合ってます」だって。如何言う意味でしょうか、謎が深まるばかりですわ(もう止しなさい)。普通「要らないって」言うよね(・・・?)。


トマト

トマト

貴方はトマト好きですか。トマトが嫌いな人結構いますよね。これから話すのは白楽雲と言う憐れな少年の物語です。

 

 白楽雲君は小学校の3年生です。勉強が嫌いで遊ぶのが大好き、正義感はあるものの空回りして誤解される事が多いのです。先生の眼の敵にされてもいました(「火遊と冤罪」「お宅の坊は・・・」「円周率って何?」参照)。

 

 でも白楽雲君には仲良しの友達がいますし、家は貧しくとも両親の愛に育まれ、幸せに暮らしていました。

 

 暇さえあれば野山を駆け回る山猿の様な白楽雲君の楽しみは食べる事、何でも意地汚く食べる大食漢です。にも拘らず、全く肥る事を知らず、「骨川筋衛門」そのものでした。

 

 そんな彼にも嫌いな食材があったのです。そうです、トマトです。かじった時の食感と酸味、青虫をつぶした様な種入りの果汁、見るのも想像するのも嫌だったのです。

 

 両親は強要する事はありませんでしたが、給食で出て来ると必ず残していました。でも、先生は許してくれません。特に眼の敵にしている白楽雲君に容赦はしないのです。

 

 無理やり口に押し込まれ、飲み込むまで許してくれないのです。飲み込もうとしても、喉が受け付けないので戻してしまいます。彼にとって地獄絵図と言えたでしょう。
 夏休み、彼にとっては天国です。朝から晩まで雨が降らなければ家にいる事などありません。お腹が空くと家に帰り、また遊びに行くのです。

 

 この日も朝から遊びに出かけた白楽雲君は夢中で遊んでいました。お腹が空き喉が渇いたので、何時もの様に家に帰ったのですが誰も居ません。

 

 「おかしいなぁ、母ちゃんと姉ちゃんが居る筈なのに」。家中全てに鍵がかかっています。何時もは、一か所必ず鍵がかけてないのに、その日は鍵がかけられていました。

 

 ふと頭に、朝出かける時に母親が言った事を思い出したのです。「昼までに戻って来てね」、「は〜い」と言ったものの眼中になかったのです。後悔先に立たずです。

 

 途方に暮れた白楽雲君ですが、お隣に頼めば水くらい飲ませてくれたでしょうが、恥ずかしくて出来ません。大戸と呼んでいた仕事用の引き戸を開けると水道があるのですが・・・。

 

 飢えと渇きに耐えながら、隣との境界線の石垣をよじ登り、腰かけて待つしかありません。風通しの良い日陰だったのです。

 

 自分の馬鹿さ加減を反省しつつ(反省してもすぐ忘れてしまう筋金入りの馬鹿)、周りを眺めると、家の裏の空き地に赤い果実がたわわになっているのが眼に入って来ました。

 

 近所の人が勝手に畑を耕して野菜を植えていたのです。そこには、夏の太陽を燦燦と受け、真っ赤に色付いた大きなトマトがなっていたのです。

 

 さあ、貴方だったらどうしますか。飢えと渇きの絶頂に居るのです。そして、白楽雲君はこの後どうするでしょうか。

 

 驚愕の結末は次回に・・・(お前引っ張るのはいいけど、つまらなかったら、ただじゃ置かないからな)。

 

(つづく)


初めての窃盗

初めての窃盗

(「トマト」からの続き) 

 

 夏の太陽を燦燦と受け、真っ赤に色付いた大きなトマト。

 

 飢えと渇きに耐えかねた白楽雲君はトマトの誘惑に吸い寄せられる様に畑に立っていました。しかし、大嫌いなトマトです。しかも不法栽培とは言え人様の畑です。
 赤く色付いたトマトは果物の様にしか見えません。ついにトマトに手をかけもぎ取った彼は、先程の石垣のところまで走って戻り、腰かけたのです。

 

 暫く、今盗んで来たトマトを見つめながら、罪悪感に苛まれるのでした。初めて盗んだのがよりにもよって、大嫌いなトマトなんて、情けなさに泣きそうになるのでした。

 

 ふと我に返った白楽雲君、誰かに見られてないかと周りをきょろきょろと見回しましたが、幸い夏の日中に出歩く人はいませんし、今いる場所は建物の陰になっていて、誰にも気付かれる事はありません。

 

 ちょっと安心した彼ですが、トマトを前にして複雑な思いでした。「食べたい、でもトマトだぞ」、「腹減ってんだろ、喉渇いてんだろ、喰っちゃえよ、そのつもりで盗ったんだろ」。

 

 流石に飢えと渇きに抗しきれず、赤子が母の乳房にむしゃぶりつくが如く、トマトにしゃぶりついていたのでした。

 

 かじり付いた瞬間、「何だこの柔らかな食感は、そして、口に広がる芳醇な香りとまったりとした口溶けと甘みは・・・」(オイオイ、子供はそんなこと思わないぜ)。

 

 要は、トマトとは思えない甘みとみずみずしさが、子供心に美味しいと思わせたのです。そして、ヘタの辺りのトマト独特の香りとエグミさえもが、更なる食欲を駆り立てるのです。

 

 最早、彼は自分を押さえる事が出来ず、再び畑に舞い戻り、両手に一つずつトマトをもぎ取り、石垣に座ってむしゃぶりつくのでした。一つ盗めば二つも三つも変わりはしません。

 

 これで、暫くの間、トマトを盗って食べると言う楽しみが増えたと言うものです。すっかり悪党となってしまった白楽雲君です。

 

 すっかり飢えと渇きが癒され満足な彼だったのですが、母と姉が帰って来ると、母に走り寄って行きました(やはり母が恋しいのです)が、次の瞬間母の右手が彼の左頬を直撃。

 

 勢い余って地面に倒れ込みました。「あれほど、昼までに帰って来いと言ったのに、何してたの」、「ごめんなさい、もうしないから、悪い事ももうしないから、許して」と言いながら泣きじゃくっていました。

 

 「もう分かったから立ちなさい、お腹空いたでしょ、お前の好きな大判焼買って来たから食べよ」。大判焼きは好きだけど、さっき食べたトマトがチャプチャプしています。
 何時もならば四つも五つも食べるのですが一個しか食べられません。母は反省して遠慮していると思ったのでしょう。お昼食べていないのだから食べられない筈ないのです。

 

 「何で食べないの」と口にねじ込まれる白楽雲君です。心の中で「もう絶対トマト盗ったりしないから許して」と叫んでいました。

 

 尚も強要され、もう食べられないと思った彼は、自分が犯した悪事を母に告白するのでした。母は烈火の如く怒り、憐れ白楽雲君は夕食抜きと相成ったのであります。

 

 しかし、まだ自分の身体に起っている異変に気付いていない彼でした。

 

 当然、父にも密告され、また怒られたのですが、正直に白状した事に免じて、畑の持ち主に謝る事で許してもらい、翌日、父と同伴で被害者宅に謝りに行ったのです。

 

 実は、母にビンタされた時、運悪く左耳にジャストミートしたのです。多分鼓膜が破れたのでしょう。それから一月ほど左耳が聞こえ難くなってしまいました。

 

 二重に天罰が下ったと思った白楽雲君は二度と悪い事はしないと天に誓ったそうです。

 

 それ以来、トマトが食べられる様になり、給食で地獄の苦しみを味わう事もなくなったのです(但し、楽しみを一つ無くした先生は、新たな虐めを考え実行するのですがね)。

 

 あれから45年経ったでしょうか。あの時食べたトマトの味が忘れられないと現在の白楽雲さんは言います。そして、あんなに美味いトマトはそれ以来食べた事が無いと・・・。

 

(終わり)

 

 

 トマトがお嫌いな貴方、もぎ立ての完熟トマトを食べてみて下さい。世界観が変わりますよ。もし、世界観が変わら無かったとしても、私は責任取りませんけどね。悪しからず・・・。


未成年の飲酒

未成年の飲酒

未成年の飲酒は身体や精神の発達に悪影響を与えますので、肯定されるものではありませんが、飲酒開始の適正年齢は何歳なのでしょうか。

 

 また、飲酒がもたらす影響(酒癖)には個人差があります。人の迷惑になる酒癖もあります。自分の酒癖を自覚し、節度ある飲酒法を教える必要もあるのではないかと思うのです。

 

 20歳に成り、突然飲酒をし、トラブルになったり、下手をすると死に至る事もあるのですから、酒量の把握や飲酒に慣らす期間が必要であると思うのですが、皆さまは如何思いますか。

 

 

 

 これから御話するのは、好奇心旺盛な白楽雲少年の憐れな物語です。

 

 良い子は決してマネしてはいけません、一生後悔する事になりますよ。

 

 白楽雲君の父は毎晩晩酌をします。外では大酒呑み(飲んでもほとんど変わらない)と言われていましたが、家では日本酒を2合程飲むだけです。

 

 白楽雲君は父が旨そうに飲む日本酒と言う透明な液体を飲んでみたくて仕方がありません。「どんな味がするんだろう」と眺めていたのです。

 

 小学校2年生のある日、晩酌の途中、来客があり、父がその場を離れ、母もお茶の用意で席を立つと言う千載一遇のチャンスが到来したのです。目の前には父親の飲みかけの御猪口が置いてあります。

 

 その透明な魅惑の液体を御猪口ごと一気に飲み干すと、「何だこれ」と吐き出そうとしたのですが、母が戻って来たので飲み込みました。

 

 胃の中が熱くなり、口の中に広がるむせる様な酒精の匂いが、「二度と飲むものか」と思わせたのでした。それからは見向きもしなくなったのです。

 

 小学校の3年生の頃、父は日本酒よりもビールを好んで飲むようになっていました。茶色いビール瓶からグラスに注がれる琥珀色の液体と白い泡。

 

 その白雲の様な泡をズズっとすすった後、一気に琥珀色の液体が父の口に吸い込まれて行き、「プハァ、ん〜、旨い」と、顔をしかめながら呟くのを見ると、またまた好奇心が頭の中を駆け巡るのでした。

 

 父が野球中継に釘付けになっている隙に、琥珀色の液体を口に流し込むと「苦・・・」と思いはしましたが、日本酒の様にむせる様な匂いは無く、胃が熱くなる事もありません。

 

 それから、何度も目を盗んで飲むうちに苦さにも慣れ、グラスの3分の1くらいは平気で飲める様になっていました。後は父の様にグラスを飲み干し、「プハァ、ん〜、旨い」と言ってみたかったのです。

 

 ある日、息子の視線に気づいた父の「何だ、飲みたいのか」と言う問いかけに、「うん」と答えると、父は「ちょっとだけだぞ」とグラスを差し出しました。

 

 父は、どうせ苦いと言って二度と飲みたいと言わないだろうと思ったのでした。ところがどっこい白楽雲君には、待ちに待った千載一遇のチャンスです。それも父公認の・・・。

 

 グラスを掴むと白雲の如き泡をズズっとすすり、一気に琥珀色の液体をゴクゴクと流し込むのでした。父は意表を突かれ「おい、ちょっとだけって言ったろ」と叫びましたが後の祭り。

 

 「プハァ、ん〜、旨い」と言って、グラスを空けた白楽雲君です。「お前が飲むもんじゃないぞ、二度と飲むなよ」と言われ、「解った」と答えたのです。

 

 流石にグラス一杯のビールを飲むと、胃が少し熱くなりましたが、ふわぁっとした感覚に心地良さを感じたのです。しかし、子供の口にはやはり美味しいものでは無く、目的を達して興味を失ったのでした。

 

 何時の世も運命とは残酷なものです。この後、とんでもない悲劇が訪れるとも知らず、呑気に遊び呆けていた白楽雲君です。

 

 次回、衝撃の結末が・・・。乞う御期待(嘘くせ〜な、大丈夫なのかよ)。

 

(つづく)


梅酒の誘惑

梅酒の誘惑

(「未成年の飲酒」からの続き)

 

 白楽雲君の母は、毎年梅酒を造っていました。梅酒が出来上がると父が時々ロック又は水で割って飲んでいました。

 

 梅酒を造る時はヘタ取りを手伝わされていましたので、梅の香しい香りと褒美として貰える氷砂糖の甘さから想像すると、「梅酒って美味しいに違いない」と、確信するのでした。

 

 小学校の4年生の夏休み。日頃からジュースなんて買って貰えなかったので、水分補給は麦茶か水です。その日は朝から暑くて、珍しく外に遊びに行かなかった白楽雲君です。

 

 2歳年上の姉は真面目で、朝から夏休みの宿題をやっています。構って欲しくてちょっかいを出すのですが、相手にしてくれません。

 

 「あれ、何か梅の良い匂いがするけど」。眼に入ったのは姉がさっきからチビチビと飲んでいるコップの中の液体です。

 

 「それ何あ〜に」、「内緒だよ、梅酒」、「ちょっと飲ませて」、「仕方ないわね、チョットだけよぉ〜ん(姉ちゃん酔ってんじゃね〜のかよ)」。

 

 「美味し〜い、ジュースみたい」、「でしょ」、「何時から飲んでんの」、「去年の夏から」、「狡い、何で教えてくれなかったの」、「だって、アンタまだ子供でしょ」、「お姉ちゃんだって子供じゃん」。

 

 「あ、も〜ダメ」、「ケチ、いいもん、自分で造るから」、「ちょっとだけにしなさいよ、お母さんにばれるから」、「解ってるよ」。あじをしめた白楽雲君、梅酒の誘惑に抗しきれず、最早本能の赴くままです。

 

 毎日、遊びから帰ると梅酒をジュース代わりに飲んでいたのです。それから1週間程した頃、母が異変に気付きます。

 

 「アナタ、梅酒飲んだの」、「俺、最近ビールしか飲んでないけど、何で」、「梅酒が減ってる気がするけど」、「誰が飲むんだ」、「だから不思議なのよ」、「おい、マジックで線描いとけ」。

 

 梅酒に線が描いてあるのを気にも留めず、毎日飲んでいた白楽雲君ですが、更に1週間後、父が姉と白楽雲君を呼びつけ、事情聴取です。

 

 ちらっと姉の顔を見るとシラッとして、「私は時々ちょっとだけ飲んだけど、○ぁちゃん毎日飲んでたよ、いい加減にしなさいって言ったのに」。

 

 「おい、お前本当か、子供が酒飲んでいいと思ってるのか」、「ごめんなさい、ジュースみたいで美味しかったから」。

 

 「バカヤロー、子供の分際で・・・、怪しからん、そこに立っとけ〜」。

 

 この後、白楽雲君には夏休みの宿題が全部終わるまで、遊びに行くのは禁止と言う地獄の罰を受けるのです。姉は正直に言ったので、特に御咎めなしでしたが、白楽雲君の監視を仰せつかりました。

 

 「アンタのせいで、楽しみが無くなったじゃないの」、「お姉ちゃんだって飲んでたじゃん、それも去年から」、「ちょっとだけにしなさいって言ってるのに毎日2杯も3杯も飲むからでしょ」。

 

 白楽雲君はこの後、飲酒に手を染めず、全うな生活を送っていたのですが、実は姉は、梅酒を小瓶に移して隠し持っていたのです。時々隠れて飲んでいたと言います。所詮、男は女に敵いませんね。

 

 取り敢えず禁酒を言い渡された白楽雲君ですが、子供ですので、またまた、遊びに夢中の小学生に戻ったのでした。

 

 しかし、残酷な運命を課せられ生まれて来た白楽雲君にとって、これは序章にしか過ぎなかったのです。次回、更なる悲劇が・・・(もういいよ、無駄に引っ張ってるだけだろ)。

 

 「とんでもない事になるんですよ、知りたい方は乞う御期待!?」 (何ヒソヒソ言ってんだぁ)。

 

(つづく)


子供の飲み物なんて・・・

子供の飲み物

(「梅酒の誘惑」からの続き)

 

  白楽雲君が小学校5年生の秋、運動会が終わった数日後の日曜日です。この年の夏休みの終わり頃に、母方の祖父が亡くなり、この日は49日法要で、祖母の家に来ていました。

 

 法要が終わり、御斎の時間となりました。仕出し料理が運ばれ、母方の親戚が一堂に会しての宴会と相成りました。白楽雲君は従姉弟達と隅の方に陣取らされていました。

 

 美味しそうな料理の数々に意地汚い白楽雲君は興奮気味です。白楽雲君の左前には5・6本のビールが栓を開けた状態で置いてあります。

 

 子供用のジュースを伯母さんが運んで来たのですが、1本足りません。「やだ、数間違えたのかしら、K君我慢してね」と自分の子に言い含めますが、承知する訳なく、泣いてしまいました。

 

 心優しい白楽雲君は、「伯母さん、僕いらないから、K君にあげて」と言い、一つ年下の従弟に譲ってあげたのでした。「ありがとう、○ぁ君は優しいね、本当にありがとうね」と感謝されるのでした。

 

 しかし、彼の目線は、初めから左前に置かれているビールにロックオンしていたのです。「ジュース?、子供の飲み物なんて飲んでらんないぜ」と、気が大きくなっていたのです。

 

 コップにビールを注ぎ、白雲の如き泡をズズっとすすり、一気に琥珀色の液体をゴクゴクと流し込み、「プハァ、ん〜、旨い」と言って、グラスを空けた白楽雲君です。従姉弟達は呆気にとられています。

 

 それを見て、続け様にコップを空けると、「すご〜い、お酒飲めるんだぁ」と従姉に言われ有頂天です。姉と同年の従姉は可愛らしく、白楽雲君は密かに憧れていたのです。

 

 「どれ位飲めるの」、「1本なら平気だよ」、「すごいね、私、苦くて飲めないよ」。姉は白い目を向けて観てましたが何も言いません。流石にコップ3杯も飲むとお腹が張って来ます。

 

 おしっこもしたくなり、トイレに立つと、足元が少しふらつきましたが、何とか席に戻り、暫くは料理をつまんでいたのですが、1本位大丈夫と言った手前、飲まなければと無理してコップを空けるのでした。

 

 「未成年の飲酒」から読んでくださっている方は御承知でしょうが、コップ一杯飲んだ事はありますが、1本なんて白楽雲君にとって未知の世界です。従姉の気を引こうと切った啖呵です。

 

 「大人たちは何してるの」と、お思いでしょうが、久しぶりに会ったので話に夢中です。子供たちの事など気にもかけていません。そう言うものです。

 

 何とか1本飲み干すと、「すごぉ〜い(色っぽく)、本当に飲んじゃったね」と言われ、まだ飲めるぞとばかりに、2本目をコップに注ぎ込みはしましたが、身体がふわっとして眠気が襲って来ます。

 

 「大丈夫、顔色悪いよ」、「う〜ん、大 丈  夫 ・ ・ ・」と言いはしましたが、意識が遠のく白楽雲君です。そして、次の瞬間、畳に倒れ込むのでした。

 

 「叔母さ〜ん、○ぁちゃんビール飲んで倒れたよ〜ぉ(色っぽい声です)」。

 

 次回こそ最終回、乞う御期待(本当だな)。

 

(つづく)


アルコール恐怖症

アルコール恐怖症

(「子供の飲み物なんて・・・」からの続き)

 

 以下の文章には、閲覧される方によって、気分を損ねかねない内容が含まれておりますので、御注意願います。

 

 「叔母さ〜ん、○ぁちゃんビール飲んで倒れたよ〜ぉ」。「何、どーしたの」、「ビール1本飲んじゃったの」、「何て事、お姉ちゃん何してたの」、「止めなさいって肘で合図したのに止めないから」(嘘です)。

 

 「お父さ〜ん」、「何だぁ〜」、「○ぁ坊がビール飲んで倒れた〜」、「何〜」。

 

 白楽雲君の父は、白楽雲君を抱きかかえると、「水持って来い」と言うなり、トイレへと運び、お腹に両掌を添えると一気に身体を上下に持ち上げたり降ろしたりして、吐かせました。

 

 そして「これを飲め」と水を無理やり飲ませ、先程と同じ事をして「吐け、こら吐かんか、吐いちまえよ、吐いて楽になれよ、田舎の母さん泣いてるぞ(太陽にほえろ飲み過ぎちゃう)」と言って吐かせました。

 

 「飲み過ぎ」って何。「の観過ぎ」の変換間違い?。つまんね〜(すみません)。

 

 これを数回繰り返した後、部屋の隅に寝かされたのでした。

 

 数時間後、白楽雲君は顔をなでる心地よい感触に目を覚ましました。従姉とK君の母である伯母さんが、白楽雲君を膝に乗せ、濡れタオルで顔を拭いてくれています。

 

 「目が覚めた、ごめんね、○ぁちゃん眼覚ましたよ〜」。その声に母が飛んで来るなり「お前何してるの」、「怒らないで、この子、うちの子の為にジュース譲ってくれたの、だからビール飲んだんだわ」(違いますよ〜)。

 

 目は覚めましたが酷い吐き気を催し、洗面器抱えて蹲るのでした。帰りの車でも吐き続け、翌朝まで、この世の地獄を体験した白楽雲君です。

 

 朝になっても胃のむかつきは消えません。朝食も食べられる状態ではありません。父が、「これを少しずつ飲め、一度にたくさん飲むなよ、戻しちゃうからな」と砂糖水を造ってくれました。

 

 こんな状態では到底学校には行けないと判断した母は、風邪と偽り学校を休ませる事にしました。「二日酔いで学校休む小学生なんて聞いた事ないよ、恥ずかしい」(全くです)。

 

 夕方になり、やっと普段の調子に戻りましたが、昨日の昼から何も食べていませんし、食べた物も全て戻してしまっています。究極の飢餓状態です。

 

 母が胃に優しいからと、うどんを造ってくれました。うどんがこんなに美味しいと思った事は初めてですが、同時に彼の脳裏に浮かんで来たのは、昨日の仕出料理の数々です。

 

 ほとんど手を付けていないのです。ダメ元で母に聞いてみると、「お前の分、貰って来たけど、お父さんとお姉ちゃんが食べたよ」。「何てこった、パンダこった」と口惜しがる白楽雲君なのでした。

 

 父が帰ると、「如何だ調子は」、「うん、もう大丈夫だよ」、「それは良かったな」、「お〜い、ビール持って来い」。ビールと聞き、びくっとする白楽雲君の様子を見逃さない父です。

 

 グラスにビールを注ぐと、「おい、飲むか」、「いらない」、「遠慮しなくていいぞ」、「いらない」。父は白楽雲君を羽交い絞めにして、「そんな事言うなよ、飲みたいんだろ」と、口元にグラスを押し付けました。

 

 ビールの匂いが鼻を通り抜けた瞬間、吐き気を催した白楽雲君は、父の腕を振り解き、トイレへと直行です。またまた、全て戻してしまいました。

 

 「折角、うどん食べさせたのに、また吐いちゃったじゃないの」、「彼奴は、これ位しなけりゃ解らんやろ、これで暫く飲みたいと思わんだろ」(正解)。

 

 体が衰弱し、免疫力が低下していたのでしょう。憐れな白楽雲君は本当に風邪をひいてしまい、翌日も学校を休む事になったのでした。

 

 この一件以来、ビールの匂いどころか、ビール瓶、いやビール瓶の王冠(栓)を見ただけで気持ち悪くなるのです。酒の匂いを嗅いでも同じです。

 

 理科の実験で使うアルコールにまで反応する始末です。このアルコール恐怖症は大学に入学するまで続く事になったのでございます。

 

 今、白楽雲さんはこう言います。「大学での辛い辛いリハビリの御蔭で酒が飲める様に成り、若い時はザルとまで言われた大酒飲みの私ですが、本当は酒が好きではないのです」と。

 

 人前では酒好きの振りをしていますが、本当はジュースの方が好きなのだそうです(ガキかアンタは)。そんな白楽雲さんから飲酒後のアドバイスを頂戴しましたので御紹介します。

 

 

 

 「飲み過ぎたなぁ」と思ったら、いや飲酒後は何時もスポーツドリンクを大量に飲んでください。無い場合はせめて、水やお茶でも良いので大量に飲む事をお勧めします。

 

 アルコールを分解する過程で身体は水分を喪失し脱水症状になります。胃液が濃くなり胃を損傷する事になりかねないのです。それを防止する為、大量の水分補給をして下さい。

 

 また、肝臓は糖質をエネルギーとして活動していますので、アルコールの分解能力を高める為には糖質が必要不可欠なのです。昔なら砂糖水か極薄い粥、現在ならばスポーツドリンクですね。

 

 一番良いのは飲み過ぎない事、でも何処からが飲み過ぎか解らない人多いでしょ。特に若い人は勢いで飲んでしまいますからね・・・。

 

 二日酔いになってから後悔するより、前日に騙されたと思って実践してみましょう。酒を飲むのがより楽しくなりますよ。 

 

(終わり)


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