幼少期の経験と人格形成

子供の世界

子供の世界

 皆さんは親友と言える存在がいますか。

 

 親友って何でしょうね。自分が親友だと想っても相手が思っているとは限りません。そもそも友達って何でしょう。同じ価値観を共有するもの?。共有部分が多いほど親友と呼べるの?。

 

 全く考えが違っても友達関係が成立する場合もありますよね。同じ考えを持っていても、如何してだか相いれない関係もある筈です。

 

 深く考えても仕方ないのですが、友達とは、一緒に居て楽しい関係と言えるのかな。夫婦間もそうありたいと切に望む白楽雲です。

 

 友達に限らず、人間関係は色々ありますね。学校は大人社会では会社と言ったところでしょう。幼馴染は御近所さんの付き合いに当たるでしょうか。

 

 これから御話するのは、何処かで何か勘違いしてしまった白楽雲少年の話です。長くなるので適当に切らせていただきます。

 

 

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 白楽雲君の小学校では町内を幾つかに区割りし、区割りごとに集団登校していました。同じ区割りでも男女は別々です。「男女七歳にして席を同じうせず」がまだ生きていたのでしょうか。

 

 3つ年上のラージK君はちょっと乱暴なところがあり、近所ではワルと言われていましたが、仲良くなると面倒見が良く、色々なところに連れて行ってもらい、頼りがいのある兄ちゃんです。

 

 これは友達と言うよりも、主従関係になるのかも知れません。親分と子分ってとこですかね。登下校班の班長でもありました。

 

 二つ年上のT君は近所で評判の良い子でしたが、裏では意地の悪いところがあり、ちょっと嫌な奴。登下校班の副班長です。

 

 一つ上のスモールk君はおっとりしていて頼り無い子。もう一人一つ年上のN君は大人しく何を考えているのか理解出来ない事が多い子。

 

 この2人は学年は一つ上ですが、歳は3ヶ月も違わないので同格と言って良い存在でしょう。N君は時々T君に虐められていました。

 

 N君はT君にケツバットを受けていましたね。私や他の人が来ると止めるのです。T君の父親は厳格な人で、窮屈だったのかも知れません。

 

 K君と仲が良かった御蔭で、白楽雲君はT君からあからさまな悪さをされる事は無かったのです。ちゃんと考えてると言うか、生きる智慧とでも言うべきでしょうか。 

 

 もう1人一つ下のスモールm君は我儘で、嘘つきで、空気の読めない嫌われ者。如何でも良い存在であり、今風に言えばウザイ子。

 

 区割りは違いますが、同い年Y君とその弟。他にも、区割りの外に何人か居ましたが、きりが無いので、その都度必要に応じて御紹介いたします。

 

 こんな幼馴染(御近所さん)に囲まれて、白楽雲君は育ったのです。

 

 

 

(つづく)


オモチャ盗ったの・・・

オモチャ

 小学校に上がる前までは年の近いY君、k君、ke君が白楽雲君の仲良しです。しかし、この3人はそれぞれ別の幼稚園に通い、白楽雲君は保育園でしたので遊ぶのは休日だけでした。

 

 白楽雲君の隣に家が建ち始めました。ある日、Y君と遊んでいたのですが、突然Y君がいなくなりました。何処からか泣き声が聞こえてきます。

 

 浄化槽を入れる為の穴が掘られており、被いが掛けられていたのですが、Y君はその上に載ってしまたらしく、被いごと穴に落ちてしまった様です。

 

 被いがゆっくりずり落ちた為、怪我は無い様ですが、恐怖と不安でY君は泣きじゃくっています。白楽雲君は何とかしようと思い、ロープを持って来ましたが子供の力では引き揚げようがありません。

 

 結局、穴の底と穴の上で、2人は泣きわめくしか無かったのです。

 

 子供の泣き声に気付いた白楽雲君の父が駆けつけ、梯子を下ろしてY君を助け出し、事なきを得たのですが、それ以来、Y君は白楽雲君にとって一番の仲良し(親友?)と成ったのです。

 

 ある日保育園が休みで、何もする事が無く退屈していた時です。Y君の通う幼稚園は600m程と近かった為、1人で歩いて行った事がありました。それ程Y君は白楽雲にとって大事な存在だったのです。

 

 楽しそうな声に誘われ、幼稚園に忍び込んだのです。そして物陰から様子を見ていると、保育園とは全く違います。幼稚園は学校であり、保育園は預り所の様なものです。扱いが違います。

 

 どうして自分は幼稚園に通えないのだろうと素朴な疑問を持った白楽雲君です。後年、彼が結婚し、娘と息子をこの幼稚園に通わせたのは、その時の憧れがあったのかも知れません。

 

 白楽雲君はすっかり仲良しと成ったY君の家に遊びに行った時です。見た事のないオモチャがいっぱいあります。「いいなぁ〜」とは思ったものの欲しいとまでは思いませんでした。

 

 なぜならば、白楽雲君は外で遊ぶのが好きだったからです。

 

 それでも、Y君がミニカーを箱に入れ、「これあげるよ」と言われると、流石に嬉しかった様です。「いいの」、「いっぱいあるし、クリスマスにサンタさんがまたくれるからもういらない」。

 

 「サンタさんって何?」、「赤い服着てプレゼント持って来るんだよ」、「へ〜、いいなぁ〜」、「〇ちゃんとこには来ないの?」、「解らない」。

 

 こうして、ミニカーを持ち帰った白楽雲君がミニカーで遊んでいると、母が、「そのおもちゃ何処から持って来たの」、「Y君がいらないってくれたの」、「家の人も良いって言ったの?」、「言ってないけど、Y君が良いって」。

 

 「ダメ、返して来なさい」、「何で?」、「家の人が良いって言ってないのにあげたらY君が叱られるでしょ」、「解った」。Y君が叱られると言われたら、返さないといけないと思ったのです。

 

 しかし、Y君はいませんでした。弟のko君(kばっか、ややこしい)がいたので、「Y君に渡してくれる?」、「解った」。と言われた通り返したのでした。

 

 しかし、その晩、Y君の祖母が血相変えてやって来たのです。

 

 「家の子のオモチャ盗ったのお宅の子でしょムキー」

 

 

 

(つづく)


お義母様によろしくお伝えください

義母様

 「家の子のオモチャ盗ったのお宅の子でしょムキー、見たところオモチャが買えないのは解るけど、家の子から取り上げるなんて如何言う育て方してるんですか?」と捲し立てて来ました。

 

 こう言う時、白楽雲君の母は一歩も引かず、「私共の子供は他人様の物を盗ったりしません、Y君がくれたと聞いています、それに、こんな事になるだろうと思ってお返ししましたよ」。

 

 「Yは返してもらったと言ってませんよ、嘘は言わないで下さい」。母は白楽雲君に「ちゃんと返したんでしょ」、「うん、Y君がいなかったから、ko君に返したよ」、「ko君には聞いたんですか」。

 

 「お宅の子が盗ったに決まってるでしょ」、「解りました、では思う存分家探しして下さい、でも見つからなかったときは解っていますよね、土下座して謝ってもらいますよ、覚悟は良いですね」。

 

 母の毅然とした態度に怯んだY君の祖母は、「まったく、貧乏人はこれだから厭よ」と捨て台詞を吐いて帰って行きました」。母はわざと聞こえる様に玄関の戸を思いっきり閉めたのです。

 

 そして、白楽雲君に「他人に物を貰うとこう言う事になるから気をつけなさい」、「解った」と言いながら腑に落ちない白楽雲君です。「Y君は何でお婆さんにちゃんと言わなかったのかな」。

 

 それから暫くして、今度はY君の母が血相を変えてやって来ました。

 

 「先程は義母が失礼な事を申した様で、本当にごめんなさい、Yはあげたって言ってるのに義母は思い込んだら聞かないんです、今その事を聞いてびっくりして飛んで来たんです」。

 

 「いえ、家はお宅に比べて貧乏ですから疑われても仕方ないですよ」、「え、そんな事言ったんですか、義母ったら何て事を・・・」、「もう良いですから、気にしないで下さい」。

 

 「いえ、以前お宅の御主人にYが助けて貰った事もあるし、お宅には足を向けられないって主人も言っています、私達は決してそんな風に思ってないですから、本当にごめんなさい」。

 

 Y君の母は兎に角、平謝りです。そして、貰い物ですがと、お菓子の詰め合わせと白楽雲君にはko君に返したミニカーを「〇ちゃん、これ貰ってくれる」と差し出して来ました。

 

 先程母に言われた事を思い出し、白楽雲君はキッパリ「いらない」と答えると「そうだよね、嫌な思いさせてしまってごめんね、Yは悪くないからこれからも遊んでくれるよね」。

 

 白楽雲君は「うん、Y君大好きだからいいよ」、「ありがとう、ホントにいい子だね」。母は、お菓子の詰め合わせを固辞し、「ちょっとした行き違いですから気にしないで下さい」とY君の母を帰したのです。

 

 今度は玄関から出て見送るのでした。白楽雲君の母の意地でしょう。

 

 最後に捨て台詞、「お義母様によろしくお伝えください」。

 

 こんな事があると、Y君の祖母に会いたくないので、外で遊ぶ事はありましたが、Y君の家に行く事は無くなりました。代わりにk君の家に行く頻度が増えた白楽雲君です。

 

 子供の世界にも色々あるのです。

 

 

 

(つづく)


人間の本質とは

人間の本質

 白楽雲君が小学校に上がると、子供の世界も随分様相が変わって来ます。学校(クラス)の友達付き合い、登下校班の付き合いと言う周りの環境が変わって来ます。

 

 とても仲が良かったY君とは登下校班は同じでしたが、クラスが違った事、疑われた一件(「オモチャ盗ったの・・・」参照)以来、家に遊びに行かなくなった事もあり、遊ぶ頻度が減って行きました。

 

 代わりに近所のk(スモール)君と、学校の近くに引っ越した幼馴染のke君を中心としたクラスの新しい友達と遊ぶ頻度が増えたのです。

 

 k君の家に遊びに行くとY君の様にオモチャがいっぱいです。それも怪獣のオモチャが所狭しと置いてあります。白楽雲君はウルトラマンは好きですが、怪獣は怪獣でしかありません。

 

 怪獣の名前なんて知った事じゃありません。k君は怪獣の事ばかり話すので正直つまらなかったのですね。一通り怪獣で遊ぶと「外で遊ぼう」と無理やり連れて行く白楽雲君でした。

 

 「古代風水」の前身である「楽雲気法」に基づいた健康法の実践だったのでしょう。彼の父は「外で遊べ」が口癖だったのです。

 

 k君は生まれつき身体が弱く、家の中で遊びたがりましたが、白楽雲君がしょっちゅう外に連れて行くので、終いにはほとんど外で遊ぶ様になりました。

 

 初めの内はk君の母は、白楽雲君が外に連れ出すのを嫌がり、白楽雲君の母に文句を言っていたのですが、文句を言うどころか終いには母同志仲良しになっていました。

 

 良くも悪くも、大人の世界も子供の世界と?がっているのです。

 

 2年生になると登校班の編成が替わり、評判の悪い5年生のK(ラージ)君が班長、4年生で評判がすこぶる良いH君が副班長になり、Y君とは別の班になった事でほとんど遊ばなくなってしまいました。

 

 K君は乱暴だと言う評判だったのですが、話してみると面倒見が良い良い兄貴の様でした。怪獣の話しかしないk君とは話が合わない事もあり、だんだんK君と遊ぶ事が多くなって行きます。

 

 白楽雲君の母はK君と遊ぶ事を快く思っておらず、H君と遊ぶ様に言うのです。H君はすこぶる評判の良い子なのです。白楽雲君が裏で意地が悪い事を言っても取り合ってくれません。

 

 母の言う事など気にせず、K君と遊ぶ白楽雲君でした。知らない事を教えてくれ、色々なところへ連れて行ってくれたのです。白楽雲君の行動範囲は飛躍的に広がったのでした。

 

 K君は恥かしがり屋で、挨拶するのが苦手でなのですが、本当は寂しがり屋であると同時に心優しい子なのです。大人は「挨拶しない=躾が悪い=乱暴者=悪い子」と一方的に判断するのですね。

 

 運が悪い事に白楽雲君の一つ下のm君が我儘で、皆の言う事を聞かないのでK君が怒って泣かせた事があり、虐められたと勘違いしたm君の母が大騒ぎした事も一因でしょう。

 

 H君の家は厳格で、普段から親の顔色を見ながら育ったのです。寂しかったのでしょうが、思いやりの心に欠けていた様です。虐めが捌け口になっていたのでしょうね。

 

 大人は「愛想良く挨拶する=躾が良い=家の手伝いを良くするだろう=良い子」と一方的に判断するのです。H君は転校して来たN君に誰もいないところでケツバットで虐めていました。

 

 白楽雲君達は出来るだけN君と遊ぶ様にしていたのですが、時々やられていたのです。たまたま白楽雲君の母が現場に遭遇し、「何て事するの」と咎めてからはやらなくなった様ですが。

 

 それ以来、白楽雲君の母はH君に対する考えを改めた様です。

 

 挨拶は大事ですね。それだけで人格を判断されてしまうのですから。現代でもその考えは生きていますよね。気さくに話しかけて来る政治家も裏では何をしているのやら。

 

 有権者はこぞって騙されるのです。殺人を犯した少年を「挨拶もしない子だった」とか、「挨拶が出来る良い子だったのに、何が彼を犯行に駆り立てたのか」なんて、マスコミが良く言ってますね。

 

 人間の本質は一方向だけでは解りません。かと言って本質を理解するのは非常に難しい事でもありますね。

 

 何時も誠実でありたいと白楽雲さんは良く言っていますが、果たして彼の本質はどうなんでしょうか。何とも胡散臭い匂いもしますが、それは神のみぞ知ると言う事でしょうか。

 

 皆さん気を付けて下さいね。極悪人かも知れませんよ。人間は解らないものです(おめ〜は一体誰なんだよ、黙って聞いてりゃ最後の最後に勝手な事言いやがってムキー)。

 

 

 

(つづく)


派閥争い

派閥争い

 3年生になると、Y君とh君(楽雲君と同じ保育園)が同じクラスになり、3人とも同じ町内である事から時々遊ぶ様になりますが、やはりK君と遊ぶ事の方が圧倒的に多かったのです。

 

 この頃、白楽雲君は先生による虐め(「お宅の坊は・・・」「円周率って何?」「トマト」「死の淵からの生還」などの記事参照)を受けてはいましたが、遊びで紛らわしていたと言って良いでしょう。

 

 4年生になると、K君は卒業して行き、これ以降遊ぶ事はありませんでした。登校班が編成替えされ、H君とm(スモール)君が去り、M(ラージ)君が加わりました。

 

 この年からY君とh君の母がP.T.A.の役員と成ったのですが、同じ町内で同じクラスです。女性の世界については詳しくありませんが、母親同士ライバル心が芽生えたのでしょう。

 

 これは確実に子供の社会にも反映されます。

 

 新学年が始まって一月もすると、Y君派とh君派が形成されて行きます。ほぼクラスが2分されて行きました。白楽雲君はどちらにも属さず中立です。どちらも昔からの友達なのです。

 

 しかし、白楽雲君が1年生の時から仲良くしていた子達までがどちらかの派閥に属する様になると、それぞれの友達とは仲が良くても派閥が違うと以前の様に一緒に遊ぶ事が無くなるのです。

 

 仲良しだった子達に聞いてみると、口を揃える様に「何か嫌な事されたら厭だもん」。「何かされたの」、「何もされてないけど・・・」。何か理不尽なものを感じた白楽雲君でした。

 

 母親がそうさせているとは思いませんが、あの家の子よりは上に居て欲しいと言う気持ちが子供にも伝わるのでしょうね。また子供の側でも虚栄心が芽生えて来るのでしょうか。

 

 この頃から、白楽雲君は同じ町内でもY君の家より遠くにあり、行った事が無かったh君の家に誘われる様になったのです。背が低く派閥争いに若干劣勢だったh君の多数派工作なのでしょう。

 

 しかし、新しい登校班に入ったM君と仲良く成った事もあり、数回行っただけで学校以外では付き合いはほとんどしなかったのです。

 

 何故ならば、h君の家に遊びに行くと、彼の母が御菓子やケーキなどを必ず出してくれて、御土産までくれるのです。当然、白楽雲君の母はお返しをする羽目になります。

 

 家の家計が苦しい事を理解していた彼は、母に負担を掛けたくなかったのかも知れませんし、Y君とh君の多数派工作に巻き込まれるのが嫌だったのかも知れません。

 

 ただ、小学校を通して最良の先生(「藤井先生@」「藤井先生A」参照)に恵まれた事、野球部に入った事(「野球部(球拾からピッチャーへ)」参照)もあり、大した痛手ではありません。

 

 こんな小さな時から男社会は形成されて行くのかも知れません。あくまでも確信はありませんが、そこには、気持ちは解りますが、大人(親)のエゴが影響を与えているのは確かだと思います。

 

 P.T.A.の役員だからと言う訳ではありませんが、他の子と比較をしたり、差別したりする気持ちが親にあると、子供社会に確実に影響を与えると言う事を、心しなければ成りません。

 

 

 

(つづく)


どけ〜、豚〜

どけ〜、豚〜

 ここで登校班についてお話しましょう(「派閥争い」参照)。

 

 新しい登校班は、H君とm(スモール)君が去り、M(ラージ)君が加わりました。白楽雲君にとって、H君とm君が去った事は大変喜ばしい事ではありましたが、K君がいなくなったのは辛い事だった様です。

 

 メンバーはたったの4人。班長はK君(5年生)、副班長がN君(5年生)、白楽雲君、M君(3年生)です。M君は見た事はあっても話した事は無く、どんな子かさっぱり解りません。

 

 背の高さは白楽雲君よりちょっと低いのですが、体重は2倍はあろうかと言う巨漢です。夏でも冬でも半ズボンをはき、上下とも服がはちきれん程にパンパンの状態でした。

 

 k君とN君は頼りないところがあり、M君の相手は白楽雲君がするしかありませんでした。打ち解けて話が出来る様になると、M君は年下にも拘らず物知りで、何時しか仲良しになっていました。

 

 6月のある日の事。前日の雨で水溜りがあちらこちらに出来ていて、水溜りを避けながらの行軍です。そこへ後ろからダンプカーがクラクションを鳴らしながらやって来ました。

 

 この道は通学路で大型車は通行禁止の筈なのですが、○○建設のダンプカーが時々通るのです。運転手はグラサン(どうせRay-Banモドキのバッタモンでしょう)角刈りの怖そうなオッサンです。

 

 白楽雲君の町内には○○建設の社宅があり、このオッサンもそこに住んでいたのです。時々、ド―ベルマンを散歩させているのを見たことがあり、犬小屋の近くを通ると異臭がしていました。

 

 白楽雲君達は道の脇に寄り、トラックを行かせようとしたのですが、トラックの運転手が運転席から降りて来るなり、「どけ〜、豚〜」と叫び、こちらに向かって歩み寄って来ます。

 

 いきなりM君の胸ぐらを掴んだかと思ったら、勢いよく張り手をくらわし、トラックへと戻って行ったのです。M君はその場に崩れ落ちました。

 

 丸々とついた肉が衝撃を吸収してくれたのでしょう。「大丈夫」と声をかけると、「大丈夫」と返事をしましたが、白楽雲君は怒りがめらめらと湧いて、「何するんだ」と叫んでいました。

 

 運転席に足を掛けていたオッサンは踵を返し「誰だぁ〜」と睨み付けて来ました。「殴らなくても良いでしょ」と言うと、「何だと〜、こら〜」と叫び、白楽雲君に歩み寄ると、腕を掴み、水溜りに引き摺り倒したのです。

 

 「ざまぁ〜見ろ」と言うなり、エンジンをふかし、クラクションを鳴らしながら去って行きました。白楽雲君の下半身はずぶ濡れです。ランドセルは無事でしたが、このままでは学校に行けません。

 

 ランドセルをM君に渡し、間に合わなかったら教室に届ける様に頼み、家に飛んで帰ったのですが、当然母に咎められます。帰ってから話すと言うと、簡単に下半身を洗い、着替えて後を追っかけました。

 

 学校から帰ると母の尋問です。偽りなくすべて話すと母も怒り心頭です。

 

 父が帰り、この話聞き、「何だと〜、何処のどいつだぁ〜」。

 

 激怒した白楽雲君の父、このまま収まりそうにありません。次回結末は如何に・・・(はいはい、勝手にしなプンプン)。

 

 

 

(つづく)


落とし前つけさせますよ

落とし前

 話を聞いて激怒した白楽雲君の父。

 

 「おい、お前も来い」、「何処へ行くの」、「いいからついて来い」。仕方なく父の後をついて行く白楽雲君、「車に乗って何処行くんだろ」と思いつつ、父に聞く事が出来ません。

 

 この頃、彼は父が怖くて話しかける事が出来なかったのです。父が嫌いな訳ではありません。口数が少なく、話した記憶はありませんが、居るだけで安心できる存在でした。

 

 父の帰りを真っ先に解るのが白楽雲君でした。車のシフトチェンジとアクセルの踏み具合の微妙な違いが音で解るのです。遠くで聞こえるエンジン音で「あ、お父さんだ」と言うと100発100中です。

 

 父と一緒で不安はありませんが、何処に行くのかが心配だったのです。10分程すると大きな家の前に車を止めた父。「おい、降りろ、行くぞ」と大きな家の門をくぐって行きます。

 

 門の表札には○○と書かれています。「え、もしかして○○建設の社長の家」と思った瞬間、頭の中は「菅原文太」主演の「仁義なき戦い」のテーマが流れ始めました。

 

 ○○建設は元々、ハチキュウサンで、社長は元親分さんなのです。今は堅気で真っ当な商売をしているとは言え、白楽雲君にとっては・・・。

 

 どんどん先に行く父、振り返り「早く来い」と言われ、白楽雲君は小走りでついて行きます。玄関に到着すると呼び鈴を押しました。

 

 すると玄関の引き戸が開き、着物を着た初老の品の良いおばさんが現れ、「あらまぁ、白楽雲さん、お久しぶりです」 (実は、この時点では、白楽雲は彼の父が名乗っていたのです)。

 

 「御主人は御在宅ですか」、「ええ、どうぞ上がって下さい」、「いえいえ、直ぐ済みますからここで結構です」、「そうですか〜、直ぐ呼んで来ますね」。

 

 程無くして、着物姿の恰幅の良い白髪頭の親分いや社長が現れましたが、「怖っ」と思わせる厳つい顔の老人です。「やぁ〜、白楽雲さん、上がって上がって」、「いえ、ここで結構です」。

 

 「そんな事言わんと、さぁ〜」、「御詫びと御忠告に上がっただけです、直ぐ済みますから」、「へ、何」、「実はうちの馬鹿息子が、お宅のダンプの運転手さんに暴言を吐いて怒らせたんです」。

 

 父は、白楽雲君の頭を押さえつけ「ほら、謝らんか」、「何で」と思いながらも、仕方なく「ごめんなさい」と言わされました。「大人に言う言葉ではないので、こいつが水溜りに引き摺り倒されても文句は言えません」。

 

 「一体全体何の話ですか」、「これはお宅の会社の恥いや社長の顔に泥を塗る事になりかねませんので御忠告させて貰います」、「だから、早く何の話か聞かせて下さいよ」。

 

 白楽雲君の父はちょっと回りくどい言い方をするのが欠点だった様です。

 

 「今朝、お宅のダンプが通学路を通りかかり、邪魔だとクラクション鳴らされたので、こいつらは脇に寄って通そうとしたんだそうです、そうだったな」、「うん、そうだよ」。

 

 「運転手さんがトラックを降りて、何て言ったんだった」、「どけ〜、豚〜」、「そう言って、こいつの班の3年生の男の子の胸ぐら掴んで張り手を食らわしたそうです、そうだな」「うん」。

 

 「その子はその場に崩れ落ちたそうです、幸い怪我は無い様ですが、通学路ですし、邪魔だからと言って、まだ小さな子供を張り倒すのは真っ当なやり方とは思えません」。

 

 「そんな事があったんですか、通学路って○○町の」、「そうです、それでこいつが暴言を吐いたもんだから、運転手さんを更に怒らせたんですね」。

 

 「あいつだなぁ〜、通学路は通るなって言ったのに怪しからんな、指でも詰めさせるか」、「いや御冗談を、そんな時代じゃないでしょ、張り倒された子に謝罪するのが良いと思いますが、如何ですか」。

 

 「解りました、良く知らせてくれましたね、きっちりと落とし前つけさせますよ、ところで、悪いのはうちの運転手の方だから、君は悪くないぞ、君が怒るのは当然だ、悪かったね」。

 

 翌日の夕方、親分いや社長に伴われて運転手が謝罪に来たのですが、ぺこぺこと情けない姿です。「こんな大人になりたくない」と思う白楽雲君でした。当然M君の家にも謝罪した様です。

 

 さらに翌々日の朝、白楽雲君達はあの運転手の情けない姿を話題に大いに盛り上がったのですが、何と言ってもグラサン外したシケタ顔(今風に言えば「シケメン」)と言ったところでしょうか。「シーケメンメン」(すっちー風)。

 

 あの運転手、会社では気の小さい男だった様です。グラサン掛けて虚勢を張っていたのですね。でも、弱い者に虚勢を張っても仕方ないでしょうに、それも小学生に・・・。

 

 パチンコで負けて、ムカムカしていたのだそうです。なんか最近でも「ムカムカ、イライラ、ムラムラ」して何かやらかす輩がいますよね。とは言っても殺人や卑怯な犯罪は慎んで欲しいものです。

 

 この後、通学路にダンプカーが通る事は無くなり、ド―ベルマンも、あの運転手も、何時の間にか見なくなりました。当然、犬小屋の悪臭も無くなり、平和が訪れたのです。

 

 暫くの間、「あの運ちゃん何処かに埋められたんじゃない」と言う噂がまことしやかに囁かれるのでした(不確かな事を言うんじゃないムキー)。

 

 そして、最大の疑問が、父が何故に親分いや社長と知り合いなのか。しかし、そんな事を父に聞く事が出来ない白楽雲君です(誤解しないで下さいね、彼の父は真っ当な人間ですニコニコ)。

 

 

 

(つづく)


よそ者だ〜、とっ捕まえろ〜

よそ者

 「どけ〜、豚〜」事件以来、更に仲良くなったM君は、白楽雲君にとって親友と言える存在でした。将棋が強く、何時も負けてばかりでしたが、教えて貰うのが楽しかったのです。

 

 物知りの彼に負けじと、父が買ってくれた百科事典を読み漁っる様になりました。虫の事を調べたくて生物の巻はボロボロでしたが、他の巻は全く手を付けていなかったのです。

 

 それが勉強には結び付きませんでしたが、その知識が後で役に立ったと言えるかも知れません。人間の出逢いとは摩訶不思議と言えるでしょう。

 

 夏休みは野球部の練習の他、虫取りとM君との将棋と蘊蓄合戦に花を咲かせ、宿題なんて何のその、結局終わりがけに涙を流しながらの宿題地獄。毎年毎年、学習能力のないお馬鹿な白楽雲君でした。

 

 そして、夏休みが終わり、二学期の始業式の事です。先生が「今日から新しい友達が増えます」、クラス中から「え〜」。先生に連れられて入って来た男子生徒の顔を見て「まさか・・・」と眼を疑う白楽雲君です。

 

 ふと、h君改めH・T君(ここからはイニシャルにて)を見ると、凍り付いて固まっています。転校生のN・I君は白楽雲君が保育園の時一緒だった見覚えのある子です。

 

 N・I君は乱暴者で、小柄なH・T君は何時も虐められて泣いていたのです。白楽雲君は彼とは遊ぶ事はありませんでしたが、嫌いな奴でした。そして、もう一つの理由が・・・。

 

 休み時間、H・T君は白楽雲君のところに来て、「あいつ保育園一緒だったよな」、「まさか転校して来るとはね、春休みに酷い目に遭ったからなぁ〜」、「え、何、何があったの」。

 

 心なしかH・T君は恐怖で震えています。やっとクラスを二分する勢力を得たのに、選りにも選って、保育園の天敵(いじめっ子)が彼の前に現れたのです。思わぬ災難です。

 

 H・T君は白楽雲君が言った、春休みの出来事を知りたがりました。その出来事とは以下の通りです。

 

 白楽雲君の登校班の2人の5年生(k君とN君)に古本屋に行こうと誘われて、行く事にしたのですが、3年生のm君に見つかり、仕方なく4人で古本屋に行った時の事です。

 

 白楽雲君の家はA連区のはずれに位置し、B連区とC連区と接していました。古本屋はC連区の中心近くにあり、距離としては2qくらいです。

 

 古本屋で2人の5年生が漫画を買い、帰る途中に地元の連中が「あ、よそ者だぁ〜、とっ捕まえろ〜」の声とともにこちらに走って来ます。人数は10人位で多勢に無勢、勝ち目はありません。

 

 迷わずその場から逃げた白楽雲君達でしたが、m君が遅れ出しました。このままでは追い付かれると判断し、パチンコ屋へ逃げ込んだのです。

 

 彼らも流石に入っては来れないらしく、間一髪追及を逃れたのですが、店員に見つかり「子供が来るところじゃないから出てけ」と言われて、「ちょっとだけ匿って」と頼んでも「だめだ」と言うばかり。

 

 出て行けば間違いなく「飛んで火に入る夏の虫」です。仕方なく、「裏口から出て行かせて」と頼むと、店員は裏口に連れて行ってくれました。

 

 そこは、白楽雲君が通っていた保育園の近くで良く知っている場所です。路地を抜けてA連区まで500mと言うところで、馬鹿なmが「もう走れない」と言って座り込んでしまいました。

 

 すると「いたぞ〜、追え〜」と言う声とともに、彼らが追っかけて来ます。咄嗟にA連区に逃げ込むのを諦め、B連区に逃げる事にしました。100m程先の大通りを渡るとB連区です。

 

 愚図る馬鹿で鈍間なmに「俺たち逃げるから、お前1人捕まって酷い目に遭えや」と突き放して走り始めると「待って〜」と言って走って来ます。

 

 信号無視して大通りを渡ったものの、馬鹿で鈍間なカメのmは渡りそこねてウロウロしています。仕方ないので通りを戻り、手を引いてB連区まで連れて来ました。やれやれでした。

 

 流石に彼らもB連区までは追って来られません。彼らは白楽雲君達がA連区だとは知らないのです。B連区に来れば立場逆転の可能性があるのです。悔しそうにこちらを睨んでいます。

 

 それを良い事に、馬鹿で鈍間で間抜けなカメが「バ〜カ、バ〜カ」と言い出しました。白楽雲君は彼の頭を張り倒して、他の2人と走って逃げたのです。彼が慌ててついて来たのは言うまでもありません。

 

 B連区は中学になるとA連区と同じ中学に通いますので、言わば同胞的な感覚ですし、この辺りはA連区に近い事もあり、知り合いも多いのです。これも卒業したK君の御蔭です。

 

 こうして事なきを得た白楽雲君達ですが、相手のリーダーとして指図していたのが誰あろう、転校生のN・I君です。彼はこの時の事を「覚えてはいない」と後年言っていました。

 

 この話を聞いて、泣き出しそうなH・T君。この後とんでもない行動に出るのですが、それは次回以降に・・・。

 

 

 

(つづく)


嫌いなものは嫌い

嫌いなものは嫌い

 とうの昔に忘れ去った天敵に再び遭遇してしまった憐れなH・T君。このままでは過去の惨めな状況に戻りかねません。白楽雲君は同情はするものの何も手助けする事が出来ません。

 

 N・I君はと言うと、転校したてで猫をかぶっていると見えて、いたって大人しくしています。それを良い事にH・T君は捨て身の作戦を敢行しました。N・I君を自派閥に引き込んだのです。

 

 H・T君はN・I君を客将の待遇で迎えたつもりなのですが、何時の間にやらどちらが主将やら訳が解らなくなり、気が付けば派閥の長にはN・I君が収まっていました。乗っ取られた形です。

 

 N・I君は手を緩める事無くY・T君(Y君改め)の派閥にも手を入れ、二学期の終わりにはクラスの3分の2を超える大派閥へと成長しました。

 

 白楽雲君はこの派閥争いには無関心で中立の立場です。何回かN・I君が話しかけて来ましたが、言葉を交わす程度で、相手にせず、その内にN・I君は諦めたのでしょう。

 

 白楽雲君にとっては4年間の小学校生活で初めて出逢った平等に扱ってくれる先生(「藤井先生@」「藤井先生A」参照)のもと、平穏な学校生活を楽しんでいたのですから、どうでも良い事だったのです。

 

 冬休みが終わると、この状況に危機感を抱いたY・T君は親の財力にものを言わせ、文房具で派閥の構成員の地固めとN・I君の派閥からの引き抜き工作を始めました。

 

 これは先生の知るところと成り、Y・T君は御咎めを受けたのですが、次なる手としてN・I君の派閥のNo.2で元派閥の長だったH・T君を引き込んだのです。H・T君が何人か引き連れて合流した形です。

 

 同じ町内、同じ野球部で、母親がP.T.A.の役員である事も関係したのか、2人による共同代表の様な状況です。何かどこかで見た様な光景ですね。

 

 実は大派閥を擁するN・I君は、派閥を造る意思など無く、その時その時で気に入った相手と仲良くしていただけなのです。後年彼は「転校したてで、早く友達を作りたかっただけ」だと言っています。

 

 新しい小学校で一からの出発なのです。今までの考えを改めたのでしょう。白楽雲君も薄々は彼が昔とは違うと感じていたのですが、「嫌いなものは嫌い」なのです。

 

 結局多くの子達が派閥争いに関わる事に飽きてしまい、派閥など有名無実となってしまいました。しかし、Y・T君とH・T君は最後まで悪あがきをしていた様ですが・・・。

 

 こうして、騒々しい小学校4年生としての1年が終わりを迎えたのです。

 

 なんか政治の世界に似ていますね。同じ様な事が過去に起っています。要は政治家なんて言う輩は小学生並みの思考能力しか無いと言う事でしょうか。成長していないと言うべきなのでしょうか。

 

 派閥争いを繰り返すのは政治家の勝手ですが、その結果迷惑を被るのは何時も関係のない人々なのです。全く情けない限りですね。

 

 現在の白楽雲さんはこう言います。「何時になったら真面な人間に成長してくれるのか、これから先も見守っていくしかないでしょう、ただ、私に残された時間は数十年しかないのです」と・・・。

 

 

 

(つづく)


どげんかせんと

どげんかせんと

 5年生になるとクラス替えです。派閥争いの一角であったY・T君は隣のクラスへ行き、ライバルがいない事もあり、早々にクラスの大半を掌握し、王様の如く振舞っている様です。

 

 全く懲りないのですね。この時から白楽雲君は、Y・T君と野球部以外ではほとんど付き合いをしなくなりました。幼い時あんなに仲が良かったのに、価値観が大きくずれてしまった様です。

 

 H・T君も派閥の夢を捨てきれず頑張るものの、お義理で集まったのが3分の1いたでしょうか。N・I君の影に怯えながらですから、良く健闘したと言えるかも知れませんね。

 

 何が彼らをそうさせるのか。この時点で言える事は、親の何気ない一言なんでしょう。「お母さんに.恥をかかせないでね」とか「クラスの模範になりなさい」とか「あの子には負けないでね」などなど。

 

 5年生になると理科は担任の先生では無く、理科専門の先生が担当し、理科室での実験が多くなります。そこで、理科実験の班が決められ、1年間に亘り班別行動になります。

 

 教室の席順に従い、男女4人ずつに分けるのですが、初めて同じクラスになったY・T君(前出とは別人)とN・K君は野球部で一緒だったので問題ないのですが、選りにも選ってN・I君も一緒なのです。

 

 理科は最も好きな教科でしたが、理科の実験の時だけは憂鬱な白楽雲君でした。お互い面と向かって話さないのです。いや、話したくないのです。

 

 一方登校班では、M・Y君(M君改め)の弟のH・Y君が1年生として加わりました。体型は兄のM・Y君の縮小コピーですが、大人しすぎてほとんどしゃべる事がありませんでした。

 

 クラスと登校班の何方から話しましょうか。同時並行で大きな問題が発生したのです。悩みますが、登校班から話しましょう。

 

 一月程は何事も無く過ぎたのですが、5月になるとH・Y君が休み勝ちになったのです。そして、6月になると出て来たとしても、道の真ん中で座り込み、梃でも動かなくなってしまうのです。

 

 兄のM・Y君が曳きずろうと何しようと言う事を聞きません。いわゆる登校拒否です。しかし、当時その様な言葉は無く、先生たちも認識が無かったのでしょう。ただ怠け者との認識でした。 

 

 M・Y君は、弟を連れて行こうとするのですが、怒れば怒るほど意固地になってしまい、言う事を聞かないのです。班長と副班長の2人の5年生は何もしようとせず、毎日兄弟を見捨てて登校して行きます。

 

 白楽雲君はギリギリまでM・Y君に付き合うのですが、結局二人を残して登校するしかありません。毎日走って登校していましたが、何時も後ろ髪を曳かれる想いだったのです。

 

 M・Y君と話をしながら登校するのが楽しみだった白楽雲君は、「この状況を、どげんかせんと」と思い父に相談すると、「お前が毎日外に連れ出して遊んでやれ」と言うのが答えです。

 

 そこで、学校から帰るとH・Y君を外に連れ出そうとするのですが、嫌がって家から出て来ません。仕方なく、色々な虫を捕まえては見せてやり、「こんなんがいっぱいいるんだぞ」と言うと興味はある様です。

 

 カナブンを捕まえ糸で縛ばり、飛ばしてやると目を輝かせ、自分もやりたいと言います。こんな事を一週間程続けると、外に出て遊ぶ様に成り、朝、白楽雲君が迎えに行くと学校に行く様になったのです。

 

 それからも時々一緒に遊んでやったのですが、とぼとぼ歩いていたのが元気よく歩いて学校に行ける様になりました。今にして思えば、古代風水の恩恵だと思っています。太陽の力ですね。

 

 いきなり知らない人間だらけの中に放り込まれ、家庭の事情もあったのでしょう、寂しい想いをしていたのでしょうね。外に出るのが怖かったのかも知れません。やれやれでした。

 

 一旦外に出る事を覚えれば、太陽の効果で精神を安定させる脳内物資が分泌され、夜になると、それが睡眠を誘発させる脳内物資に変化するのです。これがストレス解消に最も効き目があります。

 

 しかし、まだ理科の実験班の問題が残っています。さて如何なります事でしょう。白楽雲君の悩みは尽く事が無いのです。「N・Iの野郎を、どげんかせんと」と思う白楽雲君でした。

 

 

 

(つづく)


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