幼少期の経験と人格形成

お前、俺の事嫌いなんだろ

俺の事嫌いなんだろ

(「どげんかせんと」からの続き)

 

 

 理科実験の時間です。白楽雲君は野球部の同僚の2人と仲良く実験をしていたのですが、N・I君にとっては初顔です。ぎこちない状況が続いたのですが、一月もするとすっかり仲良しになっています。

 

 逆に白楽雲君は3人の会話に入る事をためらう様になっていました。N・I君と話をするのが嫌だったのです。そんなある日、先生が「来週はフナの解剖やります」と言うではありませんか。

 

 そして、「フナ釣って来られる人いますか、隣のクラスにも頼んでみるけど多いほど良いから釣って来てくれると助かります」と言うのです。

 

 それを受けてN・I君が「俺たちでフナ釣りに行かないか」と言うと、他の2人は「行こう、行こう」、そして、白楽雲君にも同意を求めて来ました。

 

 N・I君と釣りなんて「や〜なこった」と思うのですが、クラスの為でもあり、断る理由がありません。仕方なく同意するとN・I君は手を挙げて「僕たちが釣って来ます」と宣言してしまいました。

 

 釣当日、朝から隣町の大きな池で釣りを始めたのですが、簡単に釣れる訳がありません。午後になると釣りに飽きた3人は勝手な事をして遊んでいます。白楽雲君のみが粘っていたのです「どげんかせんと」。

 

 もう日が暮れそうになると、N・I君が「一人で任せて悪かったな」とやって来ました。白楽雲君は「如何するんだよ、釣って来るって言ったのお前だろ」と半ば非難めいて言うと「困ったなぁ〜」。

 

 尚も粘って、いや意地になって釣りを続ける白楽雲君に「あのオッサンに頼んで来るわ」と言って100m程先で釣りをしているオッサンのところに歩いて行きます。「勝手にしろ」と呟く白楽雲君です。

 

 暫くすると「お〜い、バケツ、バケツ」とN・I君が叫んでいます。バケツを持って行くと、オッサンが釣ったフナを全部(10匹程)くれると言うのです。

 

 何とか面目を保った白楽雲君達でした。この時、「こいつ、意外に良い奴かも知れない」と心で想った白楽雲君です。この一件以来、徐々に仲良くなって行ったのです。

 

 夏休みになるとすっかり意気投合し、ほとんど行動を伴にしていたのです。

 

 ある日、2人だけで釣りに行った時です。「お前、俺の事嫌いなんだろ」、「あ〜、嫌いだった」、「何で?、俺はお前の顔見た時、真っ先に仲良くなれると思ったんだ、見覚えあるしな」。

 

 「それは無理、保育園の時の印象悪いし、3年の春休みによそ者として追っかけまわされたから、好きになれる訳ないじゃん」(「よそ者だ〜、とっ捕まえろ〜」参照)、「悪い、全く覚えてない、あの頃片っ端から捕まえてドツイてたから・・・」。

 

 「H・Tなんか、泣きそうな顔してたぜ」、「彼奴には悪い事したなぁ〜」、「それは覚えてんだ」、「だって、あいつチビだったろ、今もだけど」、「今じゃ、ガキ大将の片割れだけどな」。

 

 「しかし、あの二人は一体何なんだ、何が面白いんだ」、「お前がしてた事だろ」、「そうだけどよ、転校して解ったんだ、仲の良い友達作らなあかんてな」、「親の影響だろP.T.A.の役員だから」。

 

 「まぁ〜、如何でもいいけど、今度プール行かねーか」、「それは無理」、「行こ〜ぜ」、「厭だ」、「何で、もしかして泳げないのか」、「・・・」、「俺が泳げる様にしてやるよ」、「嫌だって言ってるだろ」。

 

 「いいから俺に任せとけ」。なんだかんだと水泳の特訓をさせられる事になった白楽雲君。彼には金槌となってしまった悲しい過去があるのです(「死の淵からの生還」参照)。

 

 果たして、金槌は浮き上がる事が出来るのでしょうか・・・。

 

 

 

(つづく)


奇跡の瞬間

奇跡の瞬間

 無理やりプールに連れて来られた白楽雲君です。断る事も出来たのでしたが、熱心に誘われた事と泳げる様になりたいと思ってはいた事もあり、取り敢えず付き合ったのです。

 

 ここからは仲良しの5人についてはあだ名で表現します。理科実験班のワンちゃん(N・I君)、ヤッちゃん(Y・T君)、ナンキン(N・K君)に加え、5年生から同じクラスになったガキの4人と白楽雲君です。

 

 白楽雲君は仲間内からラジと呼ばれていました。チビ達用の小プールではカッコ悪いし、大プールは深く怖いので大プールのプールサイドで4人の泳ぎを見ていたのです。

 

 正直言って来るんじゃなかったと今更ながら後悔している白楽雲君です。4人とも泳ぎが上手く羨ましいと思う反面、自分も同じ様に泳げたらと情けなく思うのでした。

 

 すると、ワンちゃんが「ラジ、足着くからプールに入れよ」と言うではないですか。仕方なくプールには入ったのですが、立っている以外何もする事が出来ません。

 

 「水の中で誰が一番永く息を止めていられるか勝負しよう」とワンちゃんが言うと、皆「やろう」と言います。「目瞑って水に沈むだけだから、ラジも出来るだろ」と言われ、やる事にしました。

 

 「5回練習な、その後勝負、負けた奴が勝った奴にジュース驕りだぞ」とワンちゃんは自信ありげです。1回目白楽雲君惨敗。2回目も惨敗。

 

 3回目、何か変なのです。上で「ケラケラ」と微かに笑い声が聞こえます。我慢出来ず水面に顔を出すと、皆まだ水中です。「おかしいなぁ〜、笑い声が聞こえたのに・・・」。

 

 4回目。やはり笑い声が微かに聞こえます。意を決して薄目を開けてみると皆の顔がありません。「騙された」と悟り水面に顔を出し「インチキじゃね〜か」と言うと「ばれたか・・・」。

 

 ワンちゃんが「何で解った」、「笑い声がするし、薄目開けたら誰もいないじゃん」、「薄目開けられたなら、普通に開けられるだろ、開けてないと騙されるぞ、練習最後の一回行くぞ」。

 

 5回目は皆顔を見合せながらけん制し合っています。1人が浮き上がると皆続けて浮き上がります。どうもガキが一番弱そうですが、安心できません。作戦かも知れません。

 

 水の中で目を開けると言う行為は、白楽雲君にとっては初めて、いや、風呂に落ちて溺れた時(「風呂底に差す美しい光」参照)以来ですから、約6年ぶりと言う事になります。

 

 そして本番。ガキ、ナンキン、白楽雲君の順番で浮き上がり、後は2人の戦いです。ヤッちゃん、ワンちゃんの順で勝敗が決しました。ワンちゃんの勝利、ガキがジュースをおごる事になりました。

 

 ここでちょっと不快な表現が出て来ますが御注意願います。

 

 次に、ワンちゃんが「水死体の真似しようぜ」と言いました。「力を抜いてぷか〜て浮くだけ、見てろよ〜」。手を前に投げ出しぷか〜と浮いています。

 

 「簡単だからラジもやってみろよ、怖くなったら顔上げれば自然に足がつくし、俺達が助けてやるからやってみ〜」、「簡単に言うけどなぁ〜・・・」。

 

 さて、筋金入りの金槌が水面に浮かび上がる事が出来るでしょうか。常識的に考えると、金槌が水に浮くなどと言う事はありえないのです。

 

 白楽雲君が言われた通りやってみると、何と言う事でしょう・・・。身体が浮き上がるではありませんか。金槌が水に浮いた奇跡の瞬間です(何が奇跡だよ、馬鹿じゃね〜のムキー)。また、顔を上げると足が着きます(・・・プンプン)。

 

 生まれて初めて身体が水に浮く感覚を味わった白楽雲君でした(だから、それが何だってんだよムキー)。

 

 

 

(つづく)


走れメロスじゃあるまいし

走れメロス

 生まれて初めて水に浮く感覚を味わった白楽雲君ですが、このままではただ水に浮いているだけです。

 

 ワンちゃんが「この状態で顔をもっと水中に入れてやると足が浮いて来るぞ、やってみろよ」と言うのでやってみると、確かに足が浮くのですが、上半身が沈む感覚になり、恐怖でパニックになりました。

 

 何度やっても恐怖が邪魔をするのです。風呂に落ちて溺れた時のトラウマがまだ消えていないのでしょう(「風呂底に差す美しい光」参照)。

 

 そこでプールサイドに手をかけて同じ事を何度も繰り返す内に、手を放しても浮く事が出来る様になりましたが、手足の動作を加えると溺れるのです。

 

 「潜水競争しようぜ」と突然ワンちゃんが言い出しました。すると、「ワンちゃんが勝つに決まってるだろ、一番永く息止められるんだから」とガキが不平を言いましたが、「奢り無しならいいだろ」で、やる事に。

 

 「ラジは沈むの得意だろ、やってみろよ」、「沈むのが得意な訳じゃないわい」、「でもやってみろよ」、「解ったよ」と言う事で潜水競争です。

 

 大した距離ではありませんでしたが、これをやる事によって水の中に居る事が恐怖では無くなったのです。競争はワンちゃんが一番、白楽雲君がダントツの最下位でした。

 

 こんな遊び半分の練習を何日もやっていると、不格好ながら、クロール、平泳ぎ、背泳ぎで20メートル程泳げる様になっていました。

 

 ワンちゃんの御蔭で泳げる様になったと言っても過言ではないでしょう。ほんの数ヶ月前までは毛嫌いしていた相手であるにも拘らずです。

 

 「人の気」と言うのは不思議なものです。人間関係においては付き合い次第でプラスにもマイナスにも作用する事になるのです。古代風水で「人の気」は重要なファクターなのです。

 

 この場合はプラスに作用した好例と言えるでしょうか。では、マイナスに作用した事例をお話しして行きましょう。

 

 夏休みが終わると、白楽雲君は成績がクラスで下位に位置していると担任に言われた母に強制的に塾に入れられました。

 

 大好きだった野球部を休部しなければならなくなりました(「暴力塾」参照)。登下校班のM・T君と帰る機会が増えたのは嬉しい事ではありましたが、何時も心が憂鬱だったのです。

 

 そんなある土曜日の一斉下校の日(当時、土曜日は休みでは無かったのです)、6年生の2人と些細な事で口論となりました。原因が何であったのか全く覚えていないので、しょうもない事だったでしょう。

 

 それ自体は何ら苦にはならないのですが、心の友と思っていたM・T君がまさか6年生の2人の肩を持ったのです。

 

 挙句の果てに3人に、「バ〜カ、バ〜カ、チンドン屋、お前の母〜ちゃんデベソ、電車に轢かれて死んじゃった」と、定番の囃子言葉を浴びせられ、無性に腹が立った白楽雲君です。

 

 「解った、そんなに言うなら、これからお前らとは一緒に学校通わないからな、俺一人で通うから」と言うと、走って家に帰ったのです(途中悔しくて涙が止まらなかったのです)。

 

 他の登校班と顔を合わせたくないので、15分早く登校していました。当然、学校には一番乗りです。特に先生から咎められる事も無く、これからずっと一人で通う事に決めたのでした。

 

 一週間程経ったある日、同じ町内の別の登校班のいけ好かない奴が、「お前1人で通ってるんだってな、そんな事して良いと思ってんのか」、「うるせ〜な、俺の勝手だろ、どうでも良いじゃん」。

 

 「それはそうと、お前の登校班の連中、困り果てて立ち往生してたぜ・・・」。

 

 それを聞いた白楽雲君は教室を飛び出し、通学路を逆戻りしていました。一体何が起こったのでしょうか。走れメロスじゃあるまいし。

 

 続きは次回。その理由が明らかに・・・(またかよ、皆さんだうもすみませんショボーン)。

 

 

 

(つづく)


俺の勝ち(俺がいなけりゃ困るんだろ)

俺の勝ち

 白楽雲君は何故走るのか、忘れ物をしたのか、落とし物をしたのか、はたまた(そんな事如何でも良いからさっさと言えよムキー)、へ〜い。

 

 同じ町内の別の登校班のいけ好かない野郎が言った「お前の登校班の連中、困り果てて立ち往生してたぜ」、「何で?」、「M・Yの弟がお前が一緒じゃなきゃ学校行かないって道に座り込んでんだ」。

 

 それを聞いた途端、教室を飛び出していました。白楽雲君は自分の面子を潰された事に腹を立て、H・Y(M・Yの弟)の事など考えていなかったのです。普通に通える様になっていましたから・・・。

 

 H・Yに悪い事をしたと思いつつ、「俺がいなけりゃ困るんだろ、様あ見ろ」と言う心境で走っていたのです。そして、前方に見えて来ました。

 

 家と学校の中間の辺りで、兄が弟の手を引っ張っていますが動こうとしません。6年生の2人は立ってみているだけです。白楽雲君は駆け寄り、H・Yの前にしゃがみ込みました。

 

 「一緒に学校行こ」と言うと、H・Yはすくっと立ち上がり、白楽雲君が手を繋ぐと学校へと歩き始めたのです。「ごめんな、明日から一緒に行こうな」と言うと頭をコクとしました。

 

 白楽雲君は後ろを振り返り、「明日から一緒に通うわ」と言うと3人は揃って「ごめんなさい」と謝るのでした。「もういいよ」と寛大な態度を執りながら「俺の勝ちだな」と心で想っていたのです。

 

 皆様はもうお解かりだと思います。何故6年生と口論になったのか、何故M・Y君が6年生の肩を持ったのか。でもこの時点では白楽雲君は自分の勝利を喜んでいたのです。

 

 M・Yの弟の件(「どげんかせんと」参照)で、何も出来なかった6年生の2人は、面目を失った訳です。M・Y君としては更にダンプの運転手に張り倒された一件(「どけ〜、豚〜」「落とし前つけさせますよ」参照)もあります。

 

 6年生の2人は生まれた月が2ヶ月程しか違わないので、小さい時から同級生の如く付き合っていました。でも学年は一つ上なのです。

 

 白楽雲君は今まで通り接していたとしても、目障りな奴と思われてもおかしくありません。彼らの面子を立ててやる配慮が必要だったでしょう。

 

 M・Y君としても、世話になってばかりの相手に対して引け目を感じていた筈です。白楽雲君と対等な口が利ける筈がありません。渋々言う事を聞いていたのかも知れませんね。

 

 友達付き合いは対等だから成立するのです。何方かが優勢になったら、その先には破たんが待ち受けていると見なければならないのです。貸し借りが出来た時は双方が気を利かせなければならないのです。

 

 そんな事はお構いなしの白楽雲君でしたが、自分にも非があったかも知れないと気付かせてくれると同時に友を失う事になるた事件が間もなく起ろうとは全く知る由も無いのでした。

 

 白楽雲君の小学校では、4月と10月に児童会の役員選挙があったのです。その役員選挙でとんでもない事が起ってしまいました(どうせ続きはまた次回って言うんだろニヤリ)。

 

 さて、その事件の顛末は次回にお話しますね(そ〜らねプンプン)。

 

 

 

(つづく)


裏切り者とルール違反

裏切り者

 児童会の役員選挙の選挙権は4年生以上、被選挙権は5年生以上です。

 

 因みに白楽雲君の姉は5年生の時に書記に推薦され当選、6年では副会長に推薦され、これまた当選。白楽雲君とは出来が違ったのです。

 

 白楽雲君は児童会には興味が無く、如何でも良かったのですが、隣のクラスの幼馴染で仲良しだったY・T君が副会長に立候補しました。

 

 それを受けて同じクラスで保育園が同じでそこそこ仲が良かったH・T君も副会長に立候補したのです。この2人、4年生の時から派閥争いをしている因縁の対決と相成ったのです。

 

 2人とも白楽雲君とは同じ町内で小さい時から良く知っている間柄です。2人の母親がP.T.A.役員をしている事もあり、代理戦争と言えるかも知れません。良い迷惑です。

 

 白楽雲君のクラスでは当然クラスの代表としてH・T君に投票する事が申し合わされました。当然、隣のクラスに於いてもY・T君に投票する事が申し合わされた事でしょう。

 

 しかし、母親同士の代理戦争は、それぞれのクラスに手を入れた票取合戦に突入したのです。全く懲りない面々です。

 

 投票当日、Y・T君は白楽雲君に「俺に投票してくれよ」と行って来たのですが、クラスの申し合わせを盾に断ると、「昔から仲良しなんだから頼むよ、誰が投票したか解らないから、な、一生の御願いだから」と言うのです。

 

 白楽雲君は仕方ないので「解った」と答えていました。「どうせ誰が投票したか解らないからいいか」と思ったのでした。

 

 多少の後ろめたさはあったものの、クラス代表と言う事でH・T君の名前を書いた瞬間、「お前も裏切るのか」と言うY・T君の声が聞こえ、振り返るとY・T君が目を三角にして睨んでいます。

 

 咄嗟に「他人の投票用紙視るのはルール違反だろ」と言うと、「裏切者」と捨て台詞を吐いて去って行ったのです。初の親友を失った瞬間です。

 

 白楽雲君は「副会長に立候補した者のやる事か」と腹が立ちました。しかし、時間が経つにつれ、自分のした行為は間違っていたのではとも思うのでした。「覗き見する行為は悪い、でも・・・」。

 

 Y・T君は隣のクラスで王様の如く振舞っていました。白楽雲君にはしませんが、その態度が目についたのも事実です。多少の嫌悪感もあったでしょう。

 

 それにしても、約束しておきながら裏切ったのです。6年生の2人の肩を持ち、弟の件で世話になっていながら白楽雲君を裏切ったM・Y君と何ら変わらないではないかと思ったのです。

 

 また、白楽雲君に不遜な態度を執っていないにも拘らず、Y・T君に嫌悪感を抱いた事がうらぎりに?がったのではないかと考えたのです。

 

 M・Y君や6年生の2人はH・Y(M・Yの弟)の事で卑屈になっていたのではないか、いや、もしかしたら知らず知らずの内に横柄な態度を執っていたのかも知れないと思うのでした。

 

 そう思った白楽雲君はM・Y君と6年生の2人に自分も悪かったと素直に謝ったのです。それからは登校班で波風が立つ事はありませんでした。

 

 さて、選挙の結果は如何に・・・。結局、2人とも落選の憂き目を見る事に相成りました。お互いのクラスにに手を入りた票取合戦に終始し、4年生の票を獲得する事を怠ったのです。

 

 どの候補も自分のクラス票は固めている訳で、選挙の行方は浮動票と言うべき被選挙権の無い4年生の票である事が解らなかったのですね。

 

 結局、立候補した2人のダメージは大きなものでした。そして白楽雲君も2人の争いのとばっちりを受け大きなものを失ったのです。

 

 でも、大事な事を悟った訳で、2人よりはましだったのかも知れませんね。

 

 全てにおいて対等だから友達と言えるのです。主従関係は無くても意図せずそれに近いものになってしまっては友情が破たんする事もあるのだと言う事が解ったのですからね。

 

 友達の為に何にかしてあげたいと言う行為は素晴らしい事だと思います。でも、バランスを欠くと取り返しのつかない事になりかねませんので注意しましょうね(そんな事皆解ってるよムキー、知らぬはお前だけグラサン)。

 

 持ちつ持たれつ、補完し合う関係、これが理想かも知れませんね。夫婦間でも同じ事が言えるかも知れません。助け合って生きているんだとお互いに思い合いたいものです。

 

 現在の白楽雲さんは、「嫁は如何思ってるんだろう」とそればかりが気になるのでした(馬鹿じゃね〜のムキー)。

 

 

 

(つづく)


このロクデモナイ、素晴らしき世界

素晴らしき世界

 ところで、白楽雲君の5年生の時の担任は女性で、前年には姉の担任でした(6年生時)。特に酷く叱られた記憶はありませんが、母に告げ口をするのです。何ともいやらしい先生でした。

 

 個人懇談の日、先生が今日白楽雲君が体操服を忘れたと言うのです。今朝ちゃんと持って行かせたと言っても、体操服無しで体育の授業を受けたと言い張ります。

 

 ならばロッカーを見せてと言うことになり見に行くと、体操袋に丸めて放り込まれた体操服があるではないですか。「アレ、体操服有るのに何故着ないのかしら・・・」。

 

 母は「そんな筈ないでしょ、アイロン掛けた物が何故丸めて袋に入ってるんですか、それも少し汚れてますよ、ちゃんと着た証拠じゃないんですか」、「いや、体育の先生がそう言ってたものですから」。

 

 体育の先生の勘違いと言う事になったのですが、母は面白くありません。結局「お前が日頃からだらしないからこんな事言われるのよ」と、叱られる白楽雲君です。

 

 この様に、忘れ物が多いとか、勉強が出来ないとか、何時も告げ口をされていました。成績は自慢ではありませんが中の下位で、彼より悪い子も多いのに授業についてけないなどと言うのです。

 

 御蔭で「暴力塾」に行かされる羽目になった事は過去の記事でお話したと思います。それは母の意地でもあったのでしょう。

 

 白楽雲君にしてみれば、告げ口の多くが身に覚えの無い事なのです。この先生と彼の母は因縁があったのです。実は、こんな事がありました。

 

 白楽雲君の姉は優等生で、卒業式の答辞を読む事になり、自分で考え、先生に添削して貰い、読む練習をしていたのですが卒業式の一週間前に、まさかのどんでん返しが起きました。

 

 この先生が家にやって来て、「答辞を読むのは別の子になりました、申し訳ありません」、「誰が読むんですか」、「○○さんです」、「P.T.A.会長の娘だからですか」、「いえ、そう言う訳では・・・」。

 

 「そう言う事でしょ」、「私はお宅の娘さんを押したのですが、先生方の総意でして・・・」、「娘に何て言えば良いんですか」、「代わりに仰げば尊しの伴奏をして貰います」。

 

 姉はこれを受け入れはしましたが、余程悔しかったのでしょう。悔し涙を流す姉を始めて見た白楽雲君でした。

 

 父も烈火の如く怒ったのですが、相手の子が仲の良い友達だと解ると、「答辞はその子に譲ってやれ、お前は伴奏を完ぺきにこなせ」。姉は「うん」と頷くのでした。

 

 しかし、白楽雲君は納得出来ません。何で自分が特別なクラスに入れられそうになった時(「お宅の坊は・・・」参照)の様に伝家の宝刀を抜かないのか、「お姉ちゃんが可愛そうじゃないか」と思うのでした。

 

 結局、卒業式で答辞を読んだ姉の友達はしどろもどろになり、大恥をかいたのです。自分で書いた文章では無い上に、練習期間が一週間未満でしたから当然と言えば当然ですね。

 

 P.T.A.会長の父親も赤っ恥をかいたでしょう。自分の面子の為に要らぬ横やりを入れた天罰ですね。彼の姉は完璧に伴奏をこなし(1年生からピアノを習ってましたから)、面目を保ったのです。

 

 現在の白楽雲さんは「仲の良い友達を失わない為と、姉が恥をかくかも知れないと思った父の親心だったのでしょう、娘を持って父の気持ちが解った様な気がします」と言います。

 

 姉の友達がしどろもどろになった時、助け舟を出したのがこの先生です。母は姉と先生の所に行き、「お世話になりました、素晴らしい答辞でした、うちの子には荷が重かったでしょう」と言ったそうです。

 

 先生に皮肉を浴びせかけたのですから、先生の気持ちはいかばかりだったのか・・・。結局このしっぺ返しが白楽雲君に跳ね返って来たのでしょう。可哀相に、そう言う運命なのでしょうね。

 

 やはり前世で余程の悪事を働いたのでしょう。何をやらかしたのか・・・。

 

 先生は白楽雲君の母に、お宅の子は「馬鹿でだらしないロクデナシ」だと言いたかったのでしょう。確かに「当たらずとも遠からず」ではありますが。

 

 この時の白楽雲君は、「大人なんて、どいつもこいつもロクデナシ」だと思うのでした。その白楽雲君も大人になり、今では大層なロクデナシとなっているのですから、「一体何を教わって来たの(疲れるわ)」。

 

 この先生は途中で結婚されて苗字が変わったのですが、何故か苗字が替わると態度が一変し、告げ口をしなくなりました。一体何がそうさせたのでしょう。未だに謎だらけです。

 

 現在の白楽雲さんは、「人間なんて皆ロクデナシ、貴方も私もロクデナシ、着飾ってみても、威張ってみてもロクデナシはロクデナシ、他人様に迷惑かけなければいいのだ」と思っている様です。

 

 そして、「所詮ロクデナシなんだから、肩肘を張らず無理せず生きて行けば良い、ロクデナシ同志仲良くやって行けば争いなんて起きないものを」と偉そうに言うのです。

 

 「このロクデモナイ、素晴らしき世界」に生まれた事を楽しみましょう(宇宙人ジョーンズか、お前はムキー)。いえいえ、この星の住人ですグラサン。

 

 

 

(つづく)


俺は海賊王になる

海賊王

 担任の先生が結婚してからと言うもの告げ口も無くなり、児童会役員選挙で大事な友を失いはしましたが、それ以外は大きな事件も無く、比較的平穏に過ぎて行ったのです。

 

 白楽雲君にとっては唯一「暴力塾」が嫌で嫌でしょうがなかったのです。母との約束を果たし、早く野球部に復帰する事が当面の目標でした。もう叩かれるのはまっぴら御免です。

 

 母との約束はAクラスからBクラスへのランクアップです。Aクラスは成績劣悪者(通称ブタ箱)、Bクラスは成績中級者(通称人間クラス)、因みにCクラスは成績上級者(通称神クラス)。

 

 Cは望むべくもありませんが、Bならばなんとかなるかも知れないのです。なぜならば彼の成績は中の中位になっていたのです。暴力も彼の様な馬鹿には効果があると言えるかも知れませんね。

 

 もう一つ彼を駆り立てたのは、児童会役員選挙で「裏切者」と罵った親友であったY・T君の存在です。彼は野球部で5年生でありながらレギュラーの座を射止めていたのです。

 

 児童会役員選挙で対抗馬であった同じクラスのH・T君もチビでありながらレギュラーを勝ち取っていたのです。今から思えばP.T.A.の役員だった母親の御蔭だったのかも知れません。

 

 何と言ってもY・T君は同じ暴力塾でCクラスに属す秀才で、所謂文武両道であったのです。Cクラスは遅い時間に始まる為、野球部を休まなくても良かったのです。馬鹿とは扱いが違うのです。

 

 勉強では負けてもせめて野球では肩を並べる存在になりたいと思うのです。そうでなければ只の裏切者です。見返してやりたいと言う思いもあったのかも知れませんね。

 

 そして暴力塾の新年度クラス入替テストの結果が発表されました。

 

 白楽雲君はEクラスです。「Eって何、Bに少し似てるけど・・・」。実はこの暴力塾の反響が大きく、入塾希望者が殺到し、クラスを倍増したのです。ABCDEFの6クラスと成ったのです。

 

 つまりEクラスは上から2番目のクラスと言う事です。この結果を俄かに信じられない白楽雲君でしたが、根っからの馬鹿ですから「俺ってやれば出来るんだ」と勘違いしてしまった様です。

 

 もう一つ彼をそう思わせたのは、隣のクラスで優秀と誉れの高い件のY・T君はDクラスだったのです。「俺は彼奴より賢いんだ」と完全に天狗になってしまった白楽雲君でした。

 

 でも、学校の成績は相変わらず中の中、Y・T君は上、「何で」と疑問を持ったのですが、兎に角、これで念願の野球部復帰が果たせるのですから、文句なんてあろう筈ありませんでした。

 

 しかし、6年生になると過去の記事(「豹変(先生如何しちゃったの)」「仁義なき戦(お代わり争奪戦)」「好きな子、嫌いな子」「先生への復讐(8年越しの決着)」「松原先生の左手の秘密(番外編)」)でも述べた様に、担任の先生による虐めを受け成績も急降下し、野球部も退部してしまった白楽雲君です。

 

 当時の小学校の成績なんて当てになりません。先生の匙加減で如何にでもなるのです。付け届けや言う事を聞く子が可愛いに決まってますよね。先生も人間なんです。ロクデナシなんです。

 

 大事なのは中学生になってからです。白楽雲君の様な馬鹿でも「俺はやれば出来る子」だと勘違いして思い込むと何とかなるんですね。

 

 YDK、やれば出来る子(やっても出来ない子とも読めるぞグラサン)と思い込む事です。出来ない子の多くが、利口なので「自分はやっても出来ない」と自分を過少評価してしまうきらいがある様です。

 

 何をするにも「出来ない」と思ってしまっては何も出来ません。「俺は出来る」「私は出来る」と思い込むと何とかなる事の方が多いのです。

 

 「俺は海賊王になる」って具合にね。そうだ「俺は総理大臣になる」(成れる訳ね〜ベ、掃除大臣がお似合いだぺしゃムキー)。

 

 さぁ〜、皆さんも白楽雲君を見習いましょう。時には馬鹿になって思い込むと何とかなる事も多いものですよ(あまりいい加減な事言うなよ、お前はただの馬鹿だろムキー)。そういうお前もなグラサン。

 

 

 

(つづく)


青少年公園に行こう

青少年公園

 5年生も無事終わり、登校班の6年生2人は4月から中学生です。春休みのある日、午後からその二人とM・Y君と遊んでいました。

 

 中学になれば遊ぶ事は無くなるでしょうから最後と言えるかも知れません。そこへ、別の登校班となっていた「馬鹿でのろまなカメ」がやって来て「青少年公園行かない」と言うのです。

 

 青少年公園とは愛知万博のメイン会場と成ったところで、現在モリコロパークとなっています。この当時、大阪万博のロボット館が移設されていて人気スポットではありました。

 

 今ではほぼ直線的に行けるのですが、当時は2つの山を大きく迂回しなければ行く事が出来ませんでした。距離は8q弱、車では10分ほどで行けるのですが・・・。

 

 白楽雲君は「青少年公園は遠すぎるよ、行けたとしてもすぐ戻る事になるんじゃね〜の」と言うと、馬鹿でのろまなカメが「まだ日が高いから、向こうで遊ぶ時間あるんじゃない?」。

 

 これに6年生2人も同調し、白楽雲君は以前口論になった事を想い出し、それ以上口を出す事を止めました。白楽雲君と馬鹿でのろまなカメ以外の3人は自転車に乗れません。

 

 歩いて行く事になったのですが、白楽雲君は途中で帰る事になるだろうと思ったのでした。M・Y君も白楽雲君と同意見でしたが、3対2ですから6年生に花を持たせたのです。

 

 歩いても歩いてもなかなか辿り付けません。3分の2程来たところで、流石に6年生の2人にも現実が見えて来た様で、「戻ろうか」と言い出しました。

 

 しかし、馬鹿でのろまなカメは、「もう少しだから行こうよ」と駄々を弧ね、仕方なく先を急ぐ事になったのです。白楽雲君は2人と遊ぶのは最後だから2人に任せる事にしたのですが・・・。

 

 やっと青少年公園に着いたのですが、時計塔を見ると午後5時を過ぎています。帰って行く人達ばかりで閑古鳥が鳴いています。

 

 すると、馬鹿でのろまなカメが「7時までに帰らないと叱られる」と言い出すのです。白楽雲君は「馬鹿か、ここまで2時間以上かかってるのに、無理だわ」と言うと泣き出してしまいました。

 

 6年生の2人も途方に暮れています。白楽雲君は「あの道行ってみようか」と指を差しました。そこには車が通れる程の道幅の山道があります。

 

 「この道大丈夫?」と6年生のK・K君(k君改め)が言いました。「近道だと思うよ」と言いながら、白楽雲君は必死で思い出していました。

 

 この道は通った事はありませんが、ワンちゃんと2人だけで釣りに来た砂防ダムに通じていると確信があったのです。いや、そんな気がしたのです。

 

 とは言っても、鬱蒼とした森です。愛知万博に行かれた方なら多少は解ると思いますが、この辺り一帯は当時手つかずの森に覆われていたのです。白楽雲君の家までは5q強あるでしょうか。

 

 子供だけの集団です。差し詰め青木ヶ原の樹海に足を踏み入れた様なものです。道を間違えれば森から出て来られないかも知れないのです。

 

 来た道を戻るのに嫌気がさしていた皆は「行こう」と言う事になりました。馬鹿でのろまなカメが真っ先に賛成したのは言うまでもありません。

 

 こうして白楽雲君一行は見ず知らずの山道に潜入して行くのでした。日がかなり傾き、木立の中は既に薄暗くなっています。その山道を決死の覚悟で突き進む少年達5人。

 

 彼らの頭の中では「川口浩探検隊」のテーマ音楽が鳴り響いていた事でしょう(嘘つけ、まだこの頃やってないだろプンプン)。いいじゃんちょっとぐらいアレンジしてもグラサン(よかないムキー)。

 

 さて、少年達の運命は・・・。乞う御期待(どうせロクデモナイ落ちだろえー)。

 

 

 

(つづく)


白楽雲探検隊の運命

検隊の運命

 自信満々の白楽雲君と疑心暗鬼の4人。

 

 真っ先に不平を言い出したのは馬鹿でのろまなカメです。「本当にこの道で良いの」、「だったら来た道戻ればいいじゃん」、「やだよ」、「それなら黙ってろ、早く帰りたいんだろ」。

 

 「行けども行けども山の中だけど大丈夫かなぁ」とK・K君。「来る時2時間もかかったんだから直ぐに着くわけないじゃん、ひと山越えれば必ず道があるから心配しなくていいよ」。

 

 すると運動場の様な広い敷地が見えて来ました。木の柵に取り囲まれています。「ここ何だろう」。暫くすると東名古屋乗馬クラブと言う看板が目に入りました。「こんなとこに乗馬クラブがあったんだ」。

 

 しかし、馬は見当たりませんし、人っ子一人いません。いるべきものがいないと言う事が寂しさを助長し、不安感を掻き立てます。広い敷地が虚しささえ感じさせるのです。

 

 「この道ってここまでなんじゃない」とK・K君。するとM・Y君が「ずっと下まで続いてるみたいだよ、でも道幅が狭くなってるみたい」。「本当に大丈夫なの」と、馬鹿でのろまなカメ。

 

 日は完全に陰り、辺りはかなり暗くなっていました。ただ有難い事に、まだ新緑の季節には早く、木々がその葉を未だ広げていない事が辺りを真っ暗にしてはいないと言う事です。

 

 森の中を通り抜ける風が樹々を揺らす音や、茂みの中から突然聞こえる何者かが蠢く様なカサカサ音が少年達の不安を煽るのです。そして虫の声一つしない静けさに不気味さが増すのでした。

 

 馬鹿でのろまなカメの「だから来た道戻れば良かったんだよ」の一言で今まで冷静を保っていた白楽雲君でしたが、「早く帰りたいと言ったのはお前だろ」と、怒りを露わにするのでした。

 

 皆の同調を得たと言えども、「この道を行こう」と言ったのは白楽雲君です。その責任を痛感し不安が極度に増幅されていたのは何を隠そう彼だったのは間違いありません。

 

 「砂防ダムさえ見つかれば」を念仏の様に唱える白楽雲君。それが見つかれば帰り道は解るのです。確信があったものの「本当に帰れるんだろうか」と不安がよぎるのです。

 

 早くも挫折しそうな白楽雲探検隊(いつの間に探検隊になってんだよプンプン)は足取りも重く、更に暗さを増す未知の領域を彷徨い歩くのでした。 

 

 暫くすると木立の隙間から明るい光が見えて来ました。

 

 「あれって菱野団地じゃない」と白楽雲君が叫ぶと、冷静なM・Y君は「菱野団地に間違いないよ、この辺に団地は他にないから」。

 

 これで白楽雲探検隊(探検隊じゃないって言ってんだろムキー)は俄然勇気が湧いて来ました。彼らの家は菱野団地の向こう側にある筈なのです。希望の光とは正にこの事でしょう。

 

 しかし、他の4人とは違い、白楽雲君はちょっと不安になっていました。ある筈の砂防ダムに行き着かないからです。「何故だ((知らね〜よムキー)。

 

 果たして彼らは使命を果たし(何の使命だムキー)、無事に帰る事が出来るのか(出来るんでしょえー)。白楽雲探検隊の運命は如何に・・・。

 

 次回運命の悪戯か。乞う御期待(もう飽きたわショボーン)。そんな事言わないでよおねがい。

 

 

 

(つづく)


新八犬伝の結末教えて

新八犬伝

 菱野団地の灯で希望が見えたとは言え、未だ砂防ダムが見つかりません。実は砂防ダムに続く道は既に通り過ぎていたのです。

 

 暗くて見落としたのですね。それに全く気付かない白楽雲君です。暫くすると民家が1軒見えて来ました。これで最悪の場合助けを求められます。

 

 その先に工場が見えたと思ったら視界が開け、菱野団地が真正面に見えて来ました。そして道路が舗装に替わりました。 ひと山越えたと確信した瞬間です。この先には広い道路がある筈です。

 

 工場に目をやると粉砕に使われる球石が山の様に積み上げられているのでした。それも長山球石です。かつては中国の長山列島周辺で採られていましたが、今では見る事も無くなりました。

 

 この球石を割ると中から水晶が出て来る事があるのです。少年達の目は$マークと化しています。真っ先に手を出したのが馬鹿でのろまなカメ、次々に球石に群がり叩き出しました。

 

 とは言って簡単に割れるものではありません。彼らは何時しか行軍を忘れ、球石割に夢中になってしまったのです。

 

 「こら〜、何してんだ〜、球石割るんじゃない」と工場のオジサンに怒鳴られ我に返る少年達です。当たり前ですよね。他人様の持ち物を叩き割っているのですから怒られて当然です。

 

 「お前達、もう暗いからさっっさと家に帰れ」と言われ、「あれって菱野団地ですか」、「そうだけど・・・、お前達も菱野団地に住んでるのか」、「いいえ、もっと向こうです」、「何でこんなとこに居るんだ」。

 

 「青少年公園から近道だと思って来たんだけどちょっと道に迷っちゃって」、「なのに何でこんなところで球石割ってんだ」、「こんな沢山の球石見るの初めてだったから」、「いい加減にして帰れ」。

 

 「ごめんなさい」、「そこに川があるけどな、橋はずっと先にあるから遠いぞ、そこの川は狭くなってるから気を付けて渡れよ、近道になる筈だから・・・」、「ありがとう・・・」。

 

 この時点で白楽雲君は知る由も無かったのですが、この工場は彼が務める事になる会社の工場です。名古屋本社、海外勤務を経て辞めるまでの約10年間勤務する事になります。

 

 そして、このオジサンとその息子とは浅からぬ因縁を持つ事になろうとは人生とは不思議なものですね。

 

 オジサンの言った通り川幅が狭くなっており、飛び石が施してあります。近隣の住民たちが利用しているのでしょう。渡河作戦は難なく熟す事が出来ましたが、馬鹿でのろまなカメが・・・。

 

 「怖くて渡れないよ〜」と言っているのを無視して土手を登ると、その先に広い道路が見えて来ました。「バシャ〜ン」と言う水音が聞こえ振り返ると馬鹿でのろまなカメが水の中を走って来ます。

 

 尚も無視して広い道路に出ると、この道路が菱野団地へと一直線に伸びているのが確認出来ました。もう安心です。目を瞑っても帰る事が出来ます。やっとカメが追い付いて来ました。

 

 人間とは現金なもので、安心すると会話が弾むのですね。今まで沈黙していた6年生のN・I君(N君改め)が突然思い出した様に「今日、新八犬伝の最終回じゃない」、「あ、しまった」。

 

 「今何時だろう」、「急げば間に合うんじゃないの」と、家路を急ぐのでした。

 

 結局家に辿り付いたのが午後6時45分よりちょっと前。新八犬伝のエンディングに間に合ったのですが、中身は全く解りません。球石割りさえしていなければ間に合っていたかも。

 

 1日に13qの道のりを歩いたのは後にも先にもありません。そもそも、馬鹿でのろまなカメが青少年公園に行こうなんてバカな事を言わなければこんな事にならなかったのですが・・・。

 

 でも、彼らと行動を伴にした地獄の行軍はそれぞれの心の中に今も残っている事でしょう。少年時代のちょっとした冒険でした。

 

 新八犬伝はNHKの人形劇で、1973年4月2日〜1975年3月28日に亘り放送されました(全464回)。今は亡き九ちゃん(坂本九)が黒子としてナレーションを務めていましたね。

 

 九ちゃんの語り口は子供から大人まで、見る者聞く者を釘付けにしたのです。感動と勇気と笑いを人々にもたらした天才でした。惜しむらくは、あの飛行機事故さえなければ・・・。

 

 と言う事はこの日は1975年の3月28日と言う事ですね。誰か最終回の内容を覚えている方いませんか。いたらコメント欄に掻い摘んで内容を入れていただけませんでしょうかおねがい。

 

 もう40年以上前の事ですので覚えてないよなぁ〜ショボーン(当たり前だろムキー)。

 

 

 

(つづく)


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