中国との出会い!!

空港での肉弾戦そして・・・

空港での肉弾戦

使えない通訳の王さんには丁重に引き取ってもらい、空港の搭乗手続きの窓口の先頭で30分くらい待ったでしょうか。やっと手続きの開始の様です。

 

 パスポートと航空券を窓口が開くと同時に差し出しました。すると、私の両サイドから数人の敵の手が割り込み、私の手の上で航空券が舞っています。係員は私を無視し、その一つを掴み作業を開始。

 

 更に、後ろから何人もが私の頭越しに手を差し出し、私は背後と左右の3方向から押され、カウンターに押し付けられた形になり、身動き出来ません。

 

 「てめーら、いい加減にしろ〜、俺が一番だろ〜、押すな馬鹿やろ〜」とついついはしたない言葉を吐いてしまいましたが、一向に止む気配はありません。私の声は彼らの怒号にかき消されてしまうのです。

 

 正に肉弾戦です。それも、私一人に対して無数の中国人が相手です。敵いっこありませんが、戦線離脱さえ許されない状況なのです。思わず「助けてくれ〜」と叫んでしまいました。

 

 すると急に圧力が弱まり、敵兵が戦線離脱して行きます。私の目に映ったのは公安(警察)の制服を着た若い兄ちゃんが、一人一人私から剥ぎ取る様に敵兵を追い遣る姿です。

 

 そして、窓口職員に機関銃の様に口撃し、私のパスポートと航空券を係員に渡してくれたのです。公安の兄ちゃんが私に何か言っているのですがさっぱり解りません。

 

 すると、使えない通訳の王さん登場。「この人なんて言ってるの」「嫌な思いさせてすみません、もう大丈夫ですよって言ってます」。私は公安兄ちゃんに「謝謝!!謝謝!!」と言うと笑いながら去って行くのでした。

 

 「カッコいいぜ兄ちゃん」(心の声)。実は王さんは私と別れた後、心配で遠くから様子を見ていたのです。事が起り公安官を見つけて、助けてくれたのだそうです。

 

 「王さん初めて役に立ってくれましたね、何度も使えないと言って申し訳ないね」と心の中で御詫びし、「だけど本当に使えなかったんだから」と心の中でぼやきつつ、永遠のお別れと相成りました。

 

 何とか空港内に入ったものの、搭乗口が解りません。何の表示もないのです。アナウンスされてもチンプンカンプン。これは困ったぞと思いながらウロウロ。

 

 空港職員を見つけ、搭乗券を見せ、「?里!!?里!!(どこ!!どこ!!)」と聞くと、「那里(あっち)」と言うので、言ってみても解りません。別の空港職員に聞くと、また「那里(あっち)」と言う。

 

 「いったいどこなのよ」と、ブツブツ言いながら、恥を忍んで、搭乗客と思しきオジサンに「?不起(すみません)、這個?里!!(これ何処!!)」と聞くと周りを見渡し、立ち上がると手招きします。

 

 ついて行くと、別の搭乗客に話しかけ、私の搭乗券を見せろと言っている様子なので見せると、「這里!!這里!!(ここ!!ここ!!)」。丁重にお礼(「謝謝」としか言えませんが)を言うとニコニコしながら立ち去って行きました。

 

 オジサンは搭乗客の風貌や服装などで、何処に行こうとしているのかを見当つけて、私を目的の場所に連れて行ってくれたのです。中国では基本は自分で探せって事ですね。

 

 結局、空港職員は当てにならない事が解りました(武漢に限ってと言っておきましょう)。

 

 民間人の助けを借りながら、フライトは1時間余遅延したものの無事広州(白雲空港)へ到着(16時)。別の商社のSさんともすんなり合流出来ました。しかし暑い。半袖で良さそう。12月ですよ。

 

 Sさんとはほぼ同郷で、歳は一つ上と言う事で気楽な間柄、更に中国語はベラムーチョ、取りあえず肩の荷が下りた白楽雲青年です。出迎えてもらったお礼にタクシー代を払い、ホテル到着です。

 

 中国大酒店(China Hotel)は豪華で、洗練されたホテルです。「今日の夜もまったりと過ごせそうだな・・・」。しかしこの後、とんでもない事になるのですが・・・。

 

(つづく)


大失態

大失態

中国大酒店(China Hotel)に到着した私は、フロントでチェックインの為、パスポートを取り出そうとしたのですが見当たりません。何処を探しても無いのです。「そんなバカな」。

 

 おまけに、約15万円分のT/C(トラベラーズチェック)、現金約10万円、中国兌換券(日本円にして約2万円)、カード、帰りの航空券、スーツケースの鍵が、そっくりありません(なぁ〜にぃ〜)。

 

 タクシー代を払った時に車内に置き忘れたのです(やっちまったなぁ〜)。貴重品を小ケースにまとめて入れておいたのです。一番やってはいけない事をやってしまいました(間抜けめ)。

 

 貴重品は分散しておくのが戦場の基本なのに、ド素人の私は最大のミスを犯したのです。

 

 前半戦の過酷な戦いから解放された事で気が緩んでいたのでしょう。取り返しのつかない大失態です。帰国してからの末路が眼に見えるようです。

 

 それどころか、このままでは帰国すら出来ないのです。

 

 Sさんが、商社の広州事務所を通じてタクシー会社に問い合わせをしてくれ、公安に私と一緒に出向き、事情を話すと「何故置き忘れるんだ」と取り合ってくれません。

 

 紛失届を出さなければ航空券の再交付が受けられません。仕方ないので帰りの香港で手続きしましょうと言う事に・・・。

 

 最大の問題はパスポートです。ホテルは何とかチェックイン出来ましたが、パスポートが無ければ出国出来ないのです。

 

 広州の領事館で仮のパスポートを交付してもらうにも、戸籍謄本などの写しがいります。本社に連絡し、至急手に入れる必要があります。

 

 本社に電話し、事情を説明すると「馬鹿、アホ、カス、ボケ、死んじまえ」と、罵声を浴びせかけられ、ただひたすら「申し訳ありません」と詫びるしかありませんでした。

 

 更に、カードの停止、T/Cの停止などで、てんやわんやです。

 

 Sさんに慰められるも、食事が喉を通らない白楽雲は、まったりとした夜どころか、失意のどん底に叩き落されたのです。ここから翌日までの記憶が全くありません。

 

 翌日(後半戦初日)は広州の北北西に位置する清遠県周辺の調査なのですが、調査メモはあります、写真もあります、しかし、記憶がないのです。報告書は適当に書いたのを覚えています。

 

 その日調査を終え、ホテルに帰ると、フロント係が呼んでいます。

 

 何と、私が置き忘れた小ケースがタクシー運転手によって届けられていたのです。中を確認すると何もなくなっていません。完全無傷で帰って来ました。

 

 その日の朝、私達が出かけた直ぐ後に、届けられたようです。もう少し早く届けてくれれば、良かったのにと勝手な事を思いながら、本社に連絡しました(また暴言を吐かれましたが)。

 

 タクシー運転手へのお礼を購入(洋酒2本)し、商社の広州事務所経由で届けてもらう事にし、迷惑をかけたSさんと広州事務所のスタッフ(広東語の通訳)を誘い、夜の街へと繰り出したのです。

 

 高級日本料理店、ナイトクラブ(カラオケクラブの様なもの)のはしごです。私は10万円使っても良いと思ったのですが、締めて2万円です。洋酒代を合わせると3万円程度です。兎に角生き返りました。

 

 日本に帰れば、何の成果の無い私に未来などある筈もなく、今更何言われても失うものなど無いと覚悟を決めたのです。「文句があるなら会社辞めてやる」てなもんですわ・・・(現金者め)。

 

 「ワイルドだろ〜」(さっきまで青ざめてたのに良く言うぜ、てめーの不注意だろ・・・)。

 

(つづく)


仕切り直し

仕切り直し

幸運にも、パスポート及び全財産が無傷で戻って来た白楽雲ですが、既に起こしてしまった大失態は消える事はありません。

 

 残りの調査で少しでも汚名返上する為にも、ここは仕切り直しと行きましょう。くよくよしてても始まりません。場合によっては最後の海外出張となるかも知れないのです。

 

 前半の湖北省は移動に要する時間の方が多く、精神的に疲れましたが、後半戦は広州の周辺なので、毎日調査となります。

 

 初日は覚えていませんが、4箇所調査したみたいです(メモによると)。今日は5か所を調査すると言う事なので、毎日体力的にはハードな調査です。

 

 しかし、まだ26歳の白楽雲です。体力には自信があります(今はよれよれだけどな)。かえってハードな方が、余計な事を考えなくても良いので楽とも言えるのです。

 

 紹介が遅れましたが、広東省の国営企業の部長である曾さんの案内です。実は曾さんとは後年一悶着あるのですが(その話は別の機会に)、小柄で猫背のベトナム系の風貌です。

 

 広東省の人は概ね背が低く、ベトナム系の顔が多い様ですね。皆、漢民族と称していますが、北方の漢民族とは明らかに別物と言って良いでしょう。

 

 二日目は、広州の北北東に位置する従化県周辺の調査です。午前中に、二個所の調査を終え、昼食と成ったのですが、その鉱山の経営者で地元の有力者(名前忘れた)の自宅に招待されました。

 

 立派なお宅です。もうこの頃には改革開放の恩恵を得て、富豪となる人が出て来ており、広東省には多いと聞きますので、その一人と言えるでしょう。

 

 広い食堂に専属の調理人と給仕係を抱えています。先ずは広東省の習慣である「湯(スープ)」です。白く濁ったスープを給仕係の女性が取り分けて行きます。

 

 すると、水位が下がった鍋の底の方から直径3・4cm、長さ5cm程の肉の塊が幾つも入っています。それを一つずつ取り分けて行きます。「何これ」、「何だと思いますか」とSさんが言います。

 

 「ウナギかなぁ〜」、「惜しいですねぇ〜」とSさんがニヤニヤしています。「あのもしかしてアレですか」、「そうアレです」(何なんだよ)。

 

 中国人の中でも広東人は、机以外の四足は全て食べると言われています(しかし、これには足はありません)。食べないものは無いとの例えなのです。

 

 私は本場の広東料理は好きではありません。薄味で素材の風味がそのまま舌を襲ってくるからです。せめて味で誤魔化してくれさえすれば、ウナギだと想像して食べるのですが・・・。

 

 それでも無理して食べましたよ。一個だけね(だから何なんだって)。スープも一気に飲み干しました(無視かよ)。もう想像できましたよね。アレです。

 

 次に出て来たのが、肉を煮込んだもののぶつ切りです。「鶏肉ですかね」、「何でしょう、ちょっと聞いてみます」とSさん。「なんか手こずってるな、鳥じゃないな・・・」。

 

 「センザンコウっていう動物だそうですが、敵に襲われると身体を丸くするんだそうです」。「ハリネズミですかね」、「違うみたいです」。「アルマジロ」、「そうみいですよ」。

 

 アルマジロを食べるんかい。今日のランチはゲテモノ罰ゲームですか。もしかして、大失態の罰ですかい。出されたものは少しでも食わなきゃ面子つぶす事になるので食べましたよ。

 

 ここでお断りしますが、「センザンコウ」(有鱗目、センザンコウ科)は「アルマジロ」(被甲目アルマジロ科)とは全く違う動物です。非常によく似ていますので、当時は勘違いしていました。

 

 因みに、「戦場の不思議な夢」に登場した明代の名医、李時珍が編纂した「本草綱目」に書かれています。滋養強壮の高級食材です。

 

 兎に角、無難なのは青椒肉絲、あと炒飯ですね。但し、炒飯は油に浮いていると思った方が良いと改めて思い知らされました。ユーハン(油飯)です。

 

 何と言っても一番うれしかったのが、冷えたビールです。冷えた青島ビールは美味かったですよ。但し、湖北省の中徳ビールより度数が低く、切れは無いのですが(違いが解るのかぁ〜)。

 

 ここでも「白酒」が出たのですが、パイナップルとセメダインを混ぜた様な匂いは健在でしたが、度数が15%と低く楽勝でした。広東人は比較的酒が弱い様です。温かいからかも。

 

 デザートは冷凍ライチです。日本の中華料理店で何度か食べた事がありますが、同じ味でした(当たり前だろ)。不味くもないし、美味くもないと言うところです。

 

 後年、中国駐在中に食べた、取れたてのライチは絶品でした。日保ちが悪いので現地でしか食べられません。親に食べさせたくて新鮮なライチを密輸した事があります。

 

 スーツケースに忍ばせて持って来たのですが犯罪ですよね。深く反省しております。でも、如何しても持って帰りたかったのです。ばれなければ何しても良いのですよね政治家さん。

 

 家に着いて開けてみると、新鮮度が落ちていました。それでも冷凍よりは美味しかったですよ。皆さんは真似しないで下さいね。私ももうしません。

 

 そして最後に、現地で採れたライチで造られた「ライチ酒」を飲んだのですが、美味かったです。要は梅酒の様なものです。美味い旨いと飲んでいたら、御主人気を良くして、御土産に2本ずついただきました。

 

 御世辞は言った方が良いですね。でも間違っても、不味いものを美味しいと言ってはいけません。そればかり大量に出て来ますので・・・。ニョロニヨロが大量に出て来たら困るでしょ。

 

 と言う訳で午後の調査へと出発です。 

 

(つづく)


カオリン食べた事ありますか

カオリン食べた事ありますか

ほろ酔い加減で調査を開始。なんだか調子良いのはセンザンコウか、それともアレの効果かな(アル中なんじゃないの)。本当は仕事中の飲酒は御法度なんですが「い〜じゃないの〜」(良くないだろ)。

 

 本日、午前中から調査したのは「カオリン」と言う原料です。主に陶磁器の原料として使用されます。今は使用されませんが、食品添加物でもありました。

 

 私と同年代以上の方は子供の頃、ビスケットを食べていたでしょ。ビスケットの歌がありましたね。そのビスケットの増量剤に使用されていました。土を食べさせられていたのですよ。

 

 他には化粧品・・・。(「それ言ったらだめだろ」、「でも嘘つきは泥棒の始まりって言うし」、「そんな事言ったら顔に泥ぬってるって事がばれちゃうだろ」、「でも言いたいし」、「守秘義務ってやつだろ」、「解りました」)。

 

 え〜、紙の表面のざらつきを無くすためにも使われます。紙の表面の凹凸をなくすのです。丁度、お化粧の様な・・・(それを言うな)です。

 

 皆さんは興味無いでしょうが、鉱山の写真(古いですが)を見てやってくださいな・・・。

 

死の淵からの生還 

 

 白いのがカオリンです。山全体がカオリンで出来ている様です。上質のカオリンが、世界中の女性の顔に・・・(言うなって言ってんだろボケ)。

 

 調査も無事終了し、帰りの車中で、曾さんが「明日から広州近郊と広州の南の地域の調査ですが、知り合いの香港人に案内させますが良いですか」と言うので、「いいとも〜」。

 

 そして、「その香港人が会いたいと言うので今晩会って貰えますか」と言うので、「いいとも〜」。てな訳で、夕飯を一緒にする事になりました。

 

 ホテルのレストランで待っていると、第一印象は小柄な小汚いオッサンがやって来ました。大村崑さんを一回り小さくした感じです(服装がですからね、崑さんは大好きです)。

 

 洗いざらしのジーパンに、さして寒くもないのに、傷だらけの革ジャン(所々剥げてます)、デニムのクタクタのキャプと言う出で立ちです。

 

 実は、以前から当ブログを御覧になっている方は覚えているでしょうか。「広東省新会市」からの一連の記事に度々登場する老板(ラオバン)、その人です。

 

 この時、会社を立ち上げたものの、順調とはいえない現状を打破したいと思っていたところに、私達が調査に来ることを知り、曾さんに頼み込んだのです。

 

 曾さんも、自分が案内するのは面倒なので、このオッサン(敢えてこう呼ばせてもらいます)に、丸投げしたと言う訳です。

 

 食事と簡単な打ち合わせを終え、オッサンが帰って行きましたが、支払いをしようとしたら、既に清算済みで、領収書を渡されました。

 

 「なるほどね、これが変則賄賂と言うやつですか、これを会社に請求しろと言うのだな」。海外では良くある事です。政治家の皆さん大丈夫ですか(お前とは違わい)。

 

 失礼な。請求はしたけど却下されたんです(貰おうとしたんじゃないか)。すみません。まだ安月給だったもので、つい出来心です(お前叩けば埃が出そうだなぁ、さぁ吐けよ、楽になりな)。

 

 滅相も無い。口が裂けても言えません。ねぇ、添舛さん(あれソエマスじゃなかったっけ????)。

 

(つづく)


Star Cola (スターコーラ)

Star Cola (スターコーラ)

翌日、ホテル(中国大酒店)で朝食を取り、ロビーに行くと、香港人の小柄な小汚いオッサンがすでに待っています。約束の時間よりかなり早いのに感心感心(中国人は概ね時間にルーズなのです)。

 

 小柄な小汚いオッサンが用意してくれたマイクロバスに乗り込み出発です。マイクロバスは広くて快適です。前日まではワゴン車だったので、ちょっと窮屈だったのです。

 

 「小柄な小汚いオッサンなかなかやるじゃん、小柄は外してあげましょう」(白楽雲心の声)。

 

 本日は東莞・番禺周辺の調査です。広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

死の淵からの生還

 

 広州周辺は珠江デルタと言われ、東江・北江・西江が合流(珠江)している為に、川が入り組んでいます。しかし、その川自体が日本とは比較にならないくらいに川幅が広いのです。

 

 一度川が氾濫を起こせば甚大な被害が及ぶでしょう。まあ、その御蔭で今回調査する原料が生まれたと思えば、悠久の地球の歴史に思いを馳せる白楽雲でした。

 

 前記事で紹介したカオリンが川に流れて堆積するのですが、長い時間かけてバクテリアが繁殖し、非常に粘りのある粘土となるのです。陶磁器の製造に欠かせません。

 

 これ以降、多少時系列的に前後するかも知れません。デルタ地帯ですので風景も変わり映えしないし、事象は覚えているのですが、時間軸が曖昧になっているのです。

 

 しばらくは退屈な移動ですが、小汚いオッサンが、「喉渇きませんか、コーラ飲みますか」と言うので「コーラあるなら飲みたいな」と言うと、車を止めさせ降りて行きます。

 

 小汚いオッサンはきょろきょろしながら崩れそうな小屋の中に入って行きました。間もなく段ボールケースを持ち、またきょろきょろしながら戻って来ました。如何見ても挙動不審です。

 

 ケースには確か「Star Cola (スターコーラ)」と書かれていたと思います。いわゆるバッタモンてとこでしょうか。しかも、埃だらけで冷えてないと来たもんです。

 

 味は正しくコーラなのですが、やはり何か足らない様な気がします。それより、これって盗んで来たんかいな。その辺を湾曲的に聞いてみると、「没問題(モウ・マン・タイ)」と言うのでした。

 

 没問題とは問題ないと言う意味で、北京語で「メイ・ウェン・ティ」と発音するのですが、香港人は広東語ですので「モウ・マン・タイ」なのです。

 

 「ほんとかなぁ」と思いながら飲み干すと、「まだあるぞ、どんどん飲んで」って、言うのですが、「生ぬるいコーラはそんなに飲めませんからぁ〜、残念〜」。

 

 舟渡場に着きました。フェリーボートを待つ間、Star Cola 片手に(やっぱり飲むんかい)外でウロウロしていたのですが、小汚いオッサンがコーラの空き缶をポイしました。

 

 すると、地面に腰を下ろして物を売っていたおばさん(多分少数民族でしょう)が嬉しそうにひろって行きます。そして、隣のおばさんと話しながら、私の方を見ています。

 

 その眼差しは、私をロックオンしています。いくら独身と言えどもちょっとですよね(アホか、お前の持っている缶を見てるんだろ)。あ〜なるほどね(遅せ〜んだよ)。

 

 私が、空になった Star Cola の缶をおばさんに手渡すと、嬉しそうな満面の笑みをたたえた菩薩様の様でした。多分つぶして売るのでしょうね。

 

 私はマイクロバスに戻り、空き缶をレジ袋に入れて、おばさん達に手渡しました。これで、菩薩様の御利益があるでしょう。でも盗品の疑いがあるんだけど・・・。

 

 ところで、小汚いオッサンはコーラが大好きと見えて、何本も飲んでいます。私は2本しか飲んでいませんが、24本ケースの大半(20本程)を一日で飲んだのです。

 

 これ以降、私達は小汚いオッサンを「Mr. Cola (ミ・スターコーラ)」と呼ぶ事にしたのです。呼ぶ時だけですけどね。小汚いオッサン喜んでましたよ。

 

(つづく)


大地の恵

大地の恵

広州の南取り分け東莞・番禺周辺は珠江の河口に位置する為、川が入り組んでおり、川また河の連続です。この当時、橋の建設が遅れており、舟渡の連続でもあります。

 

 舟渡場での船待ちで、「小汚いオッサン」改め「Mr. Cola」が、大きな鍋に茶葉と塩と卵を入れて蒸した「茶蒸卵」を買ってくれました。茶葉がくっついた変色した小汚い卵です。

 

 前半の湖北省で、ピータン丸ごと口に入れた一件(「戦場の不思議な夢」参照)以来すっかり卵恐怖症の私は、「ゆで卵かよ」と悪態をつきながら食べてみると美味。

 

 長時間蒸したことで殻の中身が収縮し、卵の食感と素材の味、茶の香りと程良い塩加減が奏でるハーモニーが絶妙と言えます(大げさすぎるだろ、所詮卵は卵)。

 

 つい、「みゃ〜一個」とばかりに、湖北省で手に入れた小汚い人民元(「思わぬ窮地と気楽な援護射撃」参照)を片手に身振り手振りで(出川君の如く)初めてのお使いです。

 

 「一個(イーガ)」と言った筈なのに(指でも人差し指で示したのに)、何故か二個寄越して来ました。「まぁ〜いいか、美味いから」と受け取り計三個食べちゃいました。

 

 後で解ったのですが、1・2・3の発音は北京語「イー・アール・サン」に対し広東語「ヤッ・イー・サン」なのです。全く訳解りませんわ。

 

 皆さん「ちょっとは仕事しろよ」と思っていませんか。と言う事で、御見せする様な写真では無いのですが、どうぞ。

 

大地の恵

 

 地面に穴を開け、粘土をブロック状に切り出し、手作業で運び出しています。この当時、重機など無いですから、ほとんど手作業です。

 

大地の恵

 

 女性たちも、嬉しそうに作業しています。そりゃそうでしょう。彼らは農民なのです。農閑期の副収入となるのですからね。

 

 兎に角、皆さん明るいですよ。やっぱり太陽の元で仕事をしていると、心も身体も健康になるのでしょう。「太陽は古代風水の要」とは良く言ったものです(さりげなく宣伝したなぁ)。

 

 掘り出された粘土が、これだぁ〜、1・2・3(よしなさい)。

 

大地の恵

 

 ここからサンプルを採取するのですが、これが注意を要するのです。お食事中の方はスルーして下さい。この作業が一番嫌なんですよ。

 

 作業されている方達は、我慢出来なくなられると、いたる所で用を足されるのでございます。この中にも粘土に似て非なるものが潜んでいる可能性があるのでございます。細心の注意を要すのでございます。

 

 粘土の鉱山では何処に行っても、こんな光景が繰り広げられているのでございます。

 

 皆様、お見苦しいものを御見せして申し訳ありません。しかし、これが将来、大変なものになるのです。大地の恵とはこの事ですね。

 

 今回はこれでお終いでございます。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

大地の恵

 

(つづく)


蟹・蟹・蟹

蟹・蟹・蟹

この日(後半戦3日目)の昼食は、川辺に係留された(ほとんど固定)船のレストランです。おんぼろ船ですが、しゃれた雰囲気でしたね。

 

 Mr. Cola こと小汚いオッサンが適当に注文して、出て来たのが蟹をぶつ切りした料理を筆頭に、魚料理、チンカゥ(カラス貝の一種で「チ○コ」に聞こえて笑)。

 

 魚は微妙、チ○コ(チンカゥだろ)は美味かったです。蟹は、味噌と内子がたっぷりで、脚の付け根まで内子がびっしりと詰っています。

 

 食べてびっくり、その味は、まったりとした濃厚な味わいで、これこそが絶品と言えるでしょう。茶蒸卵なんて問題外ですわ。

 

 この原料調査の初日に、上海で上海蟹を食べて来ましたが(「上海上陸作戦」参照)、そんなに美味しいとは思いませんでした。

 

 蟹の形状が異なっている様ですので、種類が違うのかも知れません(自信無し)。広東語で確か「濠蟹(ゴゥハイ)」だったと思います。

 

 私と商社のSさんは「あっ」と言う間に平らげ、Mr. Cola は目を丸くしていましたが、店員に何やら指図すると、何と最初の2倍の量のゴゥハイ登場。全部美味しくいただきましたよ。

 

 ビール(青島)がぬるいのが気に入りませんが、大満足でした。今回の最大の成果ですわ(仕事しろよ)。ちゃんと仕事はしましたよ。

 

 (お食事中の方はスルーして下さい)、流石に Star Cola とぬるいビールで、お漏らししそうになった私はトイレに行ったのですが、トイレと言っても、川に直接流す方式で、穴から下が見えるのです。

 

 下で人々が作業しています。もう我慢できない私は構わず用を足したのですが、彼らは蟹を取っている様でした。なるほどね。

 

 「客が用を足す、すると、蟹がそこに群がって来る、蟹は丸丸と太る、それを漁師が捕まえる、漁師はレストランに売る、レストランは調理して客に提供する」と言う食物連鎖が成り立つのです。

 

 って、「オイオイ、さっき食ったものはこれか、これなのか、いや違う、違うんだ、私は何も見てないのだ、いや、あれは蟹ではないのだ」と記憶を消すのに必死の白楽雲でした。

 

 これこそが「大河の恵」と言うやつですね。自然とは上手く出来ているのですね・・・(泣)。

 

 ちゃんと調理してあるし(中国では必ず火を通します)、美味しかったので気にしていません。中国では、どんなに立派なレストランであっても「厨房を覗く可からず」と言います。

 

 厨房を見たら、何も食べられなくなると言う意味です。皆様、お気を付けあそばせ・・・。

 

 広州への帰り道、Mr. Cola こと使えるオッサン(小汚いから昇格)が、「明日と明後日は中山に泊まります、明日チェックアウトして、明々後日の予約をして下さい」との事。

 

 私は、中山と聞き、今回の原料調査最大のミッションをオッサンに頼み込んだのですが、オッサン「没問題(モウ・マン・タイ)」。何とかなりそうで安心しました。

 

 ホテルで確認すると、ちゃんと明日以降の予定をホテルも了解済みで、「何て手回しの良いオッサンだ」と、関心した白楽雲でした。

 

 この日は、オッサンは人と会うと言って、さっさと帰って行ったので、私とSさんはホテルで夕食です。流石にゴゥハイは注文しませんでしたが、値段を見てびっくり、高級食材なのです。

 

 田舎での事なので、ここまで高くは無いにしろ、オッサン相当奮発したんじゃない。嫌な顔一つせず、日本の若造にここまで尽くしてくれるとは、感謝感激です。

 

 この時点で、素晴らしいオジサンに昇格です(テケテケテッテッテ〜)。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

蟹・蟹・蟹

 

(つづく)


涙が止まりません

涙が止まりません

後半戦4日目の朝、珍しく雨が降りました。今回の出張は前半後半通して、雨が降ったのはこの日だけです(中国は乾期なのです)。

 

 広州市内は良いのですが、この当時市外に行くと段々舗装道路がなくなって行くのです。道路が泥濘んで、立ち往生しなければ良いのですが・・・。

 

 出発直後は高速道路を走りますので快適です。日本のODAで造ったので、右側通行ではありますが、造は日本そっくりです。

 

 しかし、高速道路に「あっ、耕運機だぁ」、「あっ、牛車だぁ」、「あっ、自転車だぁ」と初めて見る光景に大興奮の白楽雲青年でした(小学生並みだな)。

 

 中国でも、高速道路は自動車専用なのですが、中国の方はそんな事お構いなしです。平気で高速道路を横断する歩行者もいます。

 

 工事途中の箇所があると、自動車以外のあらゆるものが入り込んできます。公安(警察)の取り締まりもゆるゆるなのです。

 

 広州で高速道路が初めて開業した初日の死亡者数が100人超と言うのです。人が多く、人命を軽視する傾向が強い国ですので、仕方がないと言えるでしょう。

 

 

 現代の日本でも同じような考え方が政府に見え隠れしていますね。嘆かわしい事です。

 

 それはさておき、やはり広州市を出ると途端に道路が悪くなって来ました。舟渡を何度かしながらの南下です。

 

 それでも幹線道路は、しっかりと踏み固められているのでほぼ順調に走行出来るのですが、横道にそれると悪路となります。鉱山は大体こんな道の先にあるのです。

 

 時には1km以上徒歩で行軍を余儀なくされる事もありました。前半後半通して最もハードな一日となってしまいましたが、昼食のゴゥハイの御蔭で元気はつらつです。

 

 私達が遠慮をしても、構わずゴゥハイを注文してくれるのです。段々飼い慣らされて行く自分を感じながら、意地汚く頂戴しましたよ。喜んで食べるのが一番の恩返しです。

 

 そして、最後の鉱山に向かっている途中、前方でトラックが泥濘に立ち往生しています。道を塞いでしまっているので先に進めません。

 

 そんな時、後ろから身なりのみすぼらしいお爺さんが、自転車を押しながらやって来ました。荷台には綺麗なおべべを着た孫娘と思しき2・3歳の女の子がちょこんと座っています。

 

 お爺さんは時折孫娘に話しかけるのですが、孫娘の方も嬉しそうに笑っています。私達のマイクロバスを追い越して、立ち往生しているトラックの脇を孫娘を庇いながら通り過ぎ、先に進んで行きました。

 

 たったこれだけの事なのですが、27年前のその光景が今も忘れられません。あの家族に幸あれと願う白楽雲でした。

 

 後年、私の娘の幼稚園の運動会で、私の父(二代白楽雲)が、孫娘の手を引いて、笑顔で語りかける姿がビデオに残っています。

 

 父が倒れる半年前の事です。何故か、その光景とシンクロして、涙が出て来るのです。今も書きながら涙ぐんでいます(花粉症じゃないの)。何処の国でも同じなんですね。

 

 結局、日が暮れかけており、鉱山は諦め、中山に向かう事になりました。

 

 中山はもうすぐそこなのですが、涙と鼻水が止まりません(やっぱり花粉症じゃねぇ〜かよ)。本日はこの辺で失礼します。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

大地の恵

 

(つづく)


金太の大冒険!!

金太の大冒険!!

雨のせいで予定が狂ったものの、後半戦4日目も無事に終了と成ったのですが、中山のホテル(中山国際酒店)に着いたのは、午後8時を過ぎてました。

 

 チェックインすると直ぐに夕食です。Mr. Colaこと素晴らしいオジサンのスタッフ3人と合流し、上手い料理を肴に、何と言っても冷えた青島ビールが最高でした。ゴゥハイもね。

 

 スタッフの一人は台湾人で、非常に愛想の良い楽しい人でした。後年、再会した時、彼れは覚えていてくれましたが、恰幅の良い貫禄十分のおっさんになってました。独立して素晴らしいオジサンの盟友になってましたね。

 

 後で解ったのですが、私の大好きな、中国の任侠時代小説の重鎮「金庸先生」の甥です。但し、この頃、全く興味が無かったので、気にも留めてなかったのですが・・・。「金庸」と言えば、私は「笑傲江湖」や「鹿鼎記」が大好きなんですが、おもしろいですよ。

 

 この日は、疲れたので食事の後、直ぐに寝てしまいました。

 

 翌日(後半戦5日目)は、午前中は珠海周辺と午後は中山周辺の、相も変わらず危険な粘土の調査です(「大地の恵」参照)。そして、最後に私にとっては最大のミッションが控えています。

 

 そのミッションとは、私の会社の顧客からの依頼なんですが、イギリスの原料メーカーが中山に建てた工場の写真を撮る事。

 

 今回の出張の前日に、事業部長から直々に「顧客に見せるから、どんな工場か解る写真を撮って来い」と命を受けたのです。この会社の原料が日本に入って来るのが顧客にとっては心配なのです。

 

 珠海と言えば、澳門(マカオ)の隣です。と言うか珠海の先っぽにマカオがへばりついていると言った方が良いでしょうか。ポルトガル統治下である事くらいしか知りませんでした。

 

 そう言えば、私が中学一年の時(40年前の事です)に流行った、つボイノリオ(入力ミスではないですよ)の「金太の大冒険!!」に、マカオが出て来たなぁ。知っている人いますか。

 

 金太が美しいお姫様を助ける為、マカオに到着した時の歌、確か(女性の方はスルーしてね)、「金太マカオに着く、金太マカオに着く、金太マカオに着く(キンタマカオニツク)」だったかな。

 

 他にも、お姫様が金太に言うセリフの歌、「金太守って、金太守って、金太守って(キンタマモッテ)」とか、金太が神田さんを待っている時の歌、「金太待つ神田、金太待つ神田、金太待つ神田(キンタマツカンダ)っていうのもあったかな(全く関係ないだろよ)。

 

 どうも、失礼いたしました。笑って許して下さいね。

 

 昼食までは気楽な調査だったのですが、午後になると気が重くて仕方がない白楽雲でした。さっさと終わらせて帰りたい心境です。だって、どんな工場か解る写真と言われても・・・。

 

 そして、とうとう最大のミッションを迎える事になるのです。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

金太の大冒険!!

 

(つづく)


Mission: Impossible

Mission: Impossible

とうとうイギリスの原料会社が中山に建設した工場に到着しました。ここまでの道のりで、私の腹は決まっています。

 

 「どんな工場か解る写真を撮って来い」と言われても、工場の中に入らなければ解る訳がありません。いきなり、「こんにちは」と言っても入れてくれる訳がありませんからね。

 

 工場に出来るだけ近づき、外観写真を撮る他に方法はありません。

 

 私にとって正に、「 Mission: Impossible 」なのです。私はトム・クルーズではありません。中・高・大とアラン・ドロンに似ていると言われてはいましたが・・・(何の話してんだ関係ないだろ)。

 

 アラン・ドロンと言えば「ダーバン・セレレガァ〜ンス・ドゥ・ロム・モデル?」て、レナウンのCMで言ってたけど、覚えている方いますか。良く真似してましたね(何言ってんだよ)。

 

 カッコよかったなぁ〜(確かにアランはな、でもお前は、でぶでぶの実を食べてブクブク太ったもんな、入社後は金正日って呼ばれてたろ)。まぁ、そんな事もあったと言う事で・・・(誤魔化すな)。

 

 私達のマイクロバスは、工場の通りを挟さんだ反対側の原料置場と思しき場所に侵入して行きました。「ここって、入っていいのか、怒られるんじゃないの」、「 Let's Go 」ってオジサン大丈夫かよ・・・。

 

 私はマイクロバスを降り、原料の陰からこっそり写真を撮りました。

 

Mission: Impossible

 

 そして、そこにある原料のサンプルを取ろうとすると、オジサンが、「 No、No、No、Let's Go 」。だよね〜。写真だけで我慢しましょう。オジサンの言う通り、さっさと退散しなければ・・・。

 

 マイクロバスは猛スピードで走りだし、逃走するかと思いきや、工場の門の前で止まりました。「何で、まさか、裏切って、俺を突き出すつもりかぁ〜、お終いだぁ〜」と一瞬思っちゃいました。

 

 「金太の大冒険!!」に登場した台湾人のスタッフ(金庸先生の甥)がバスを降り、門番と親しそうに話し出しました。すると、内ポケットから紙切れを出し、何やら数えています。

 

 5枚程を門番に渡すと、門番は返そうとします。するとまた紙切れを数えだし、今度は有無を言わせず握らせると、肩を抱いてニコニコと話しています。

 

 台湾人のスタッフがバスに乗り込むと同時に門番が守衛室に入り、すると、門が開きだしました。マイクロバスは門の中へと吸い込まれ、後ろを見ると門が閉められました。

 

 マイクロバスに門番が乗り込み、工場の入口と思しき場所に停車し、門番は鍵を開け始めたのです。扉が開くと、オジサンが「 Let's Go 」と叫び、何が何だかわからない内に、気が付けば工場の内部です。

 

 オジサンが「存分に写真撮ってくれ」って言われなくても撮ってますよ。 ここまで来たら、「毒を食うなら皿まで」です。36枚撮りのフィルム2本使って、機械、原料、製品に至るまでくまなく撮影。

 

Mission: Impossible

 

 その内の1枚です。私の犯罪の証拠となりかねませんので、どうか御内密に。

 

 オッサンはと言うと、サンプル袋に原料と、製品を詰めています。原料名と製品の等級まで記入しています。私の分と自分の分をちゃっかりです。それを門番さんがレジ袋に入れています。

 

 門番さんが、レジ袋に入ったサンプルごとマイクロバスに乗り込み、門の前で降りると門を開け、私達を見送ってくれました。何て親切な門番さんなんでしょう。私は手を振ってあげましたよ。

 

 「 Mission Complete 」。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

Mission: Impossible

 

(つづく)


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