中国との出会い!!

企業スパイ

企業スパイ

「Mission Complete」と言うと聞こえがいいですが、私のした事は紛れもなく企業スパイと言う事になりますね。何も打ち合わせをした訳ではないのですが、それに乗っかったのです。

 

 「金銭による強要」「不法侵入」「窃盗」と言った罪でしょうか。でも金を渡したのは私ではありませんし、無理やり連れて来られた訳ですし、サンプル取ったのはオジサンですからね。

 

 私の罪は、無断で写真を撮った事、盗品と知りながらサンプルを受け取った事くらいですよ。政治家や役人さんなんかもっと酷い事してるんだから・・・。

 

 もう27年も前の事ですので、罪に問われる事は無いでしょう(やっぱり、お前叩くと埃が出そうだな、他に何やったんだよ、吐けよ・・・)。

 

 私のモットーは「郷に入れば郷に従えです」。日本に来た中国人のマナーが悪いと批判されていますね。逆に日本人も中国に行ったら中国のマナーに合わせましょう。

 

 それが国際人と言うものです。中国では、例えば、ゴミは所構わずポイ捨てするのは基本です。唾を吐くのも当然ですね。横入りなどは絶対です。彼らを不快にさせてはいけません。

 

 つまり、賄賂で融通を利かせるのは常識なのです。イギリスの会社の失敗は、門番に十分な賃金を払っていなかった事と、工場が休みとは言え、責任者が不在であった事ですね。

 

 私達はある意味当然の事をしたまでです(よく言うよ、ビビッてあたふたしてたくせに、正当化するのは止めなさい)。和製007の誕生か・・・(いい加減にしなさい)。 

 

 オジサンが工場視察をこの日にしたのは、この工場に誰もいないのを知っていたからです。また、この工場に良く出入りしていた台湾人スタッフを呼び寄せたのは、門番を買収する為だったのです。

 

 全く大した人ですね。もうこの頃には、このおじさんの事を心の中で「師匠」と呼んでいた白楽雲なのでした。これで、大失態の汚名挽回どころか、お釣りが来そうです。やったね。

 

 皆さんは決して真似しないで下さいね(そんなバカはお前だけ)。

 

 これは舟渡場で少数民族の菩薩様に Star Cola の空き缶を献上した御利益かも知れませんね(「 Star Cola (スターコーラ) 」参照)。と言う事は、あれは盗品では無かったと言う事か・・・。

 

 調査はまだ一日残っているのですが、既に終了モードになっていました。兎に角、今回の調査で成果を期待するのは望み薄なのですから、このミッションの成功は大きいのです。

 

 ところで、昨日と今日宿泊している中山市は、孫文(孫中山)先生の生誕地です。孫文は客家出身なのは有名ですが、この中山には客家の方々が多く住んでいます。

 

 と言う事で、本日の夕食は客家料理です。一般的な広東料理と違い、濃い味付けで美味しかったですよ。食材はゲテモノも多いですけどね(ケロケロとか、ニョロニョロとか)。

 

 冷えたビールと客家料理を堪能したあと、台湾人スタッフの賄賂渡した金庸先生の甥(面倒だから以後ライさん)が、「遊びに行きますか」と言うので行きました。

 

 私もミッション成功に気を良くしてたのです。連れていかれたのは洒落たダンスホールの様なところです。この辺りは澳門(マカオ)からの観光客が多いのですね。

 

 マカオに行かれた方は解ると思いますが、マカオって狭いのです。あんな所に住んでたら広いところに行きたいと思うでしょうね。息が詰ってしまいます。

 

 マカオの人は、改革開放が成された後、羽を伸ばす事と買出を目的に珠海や中山に来るのです。だから、結構しゃれた店が多いのです。

 

 先客が数組いましたが、ガラガラ状態です。ライさんが目ざとく女性の二人組を見つけ、早速ナンパを始めました。「好きだなぁ」と呆れていたのですが、彼女たちを連れて来ました。

 

 そして、私と商社のSさんの隣に座らせるのです。なるほど、私達の為に声をかけてくれたのですね。彼女たちはマカオの専門学校生で、数20歳(満19歳)の友達同士(未成年だろ)。

 

 その当時の私は26歳、Sさんは27歳、二人とも独身です。世間からとやかく言われる筋合いはありませんよね。でも、北京語も英語も通じません。広東語かポルトガル語なのです。

 

 と、いきなりスローな音楽(チークタイム)の開始です。言葉なんていりませんよね。今晩は楽しませてもらいましょうか(大丈夫か・・・、何かハニートラップの匂いプンプンたぞ)。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

企業スパイ

 

(つづく)


Honey Trap に御用心

Honey Trap に御用心

チークタイムの音楽に替わり、ライさんが散々勧めるのと、彼女達もまんざらでもない様子なので、私とSさんはチークダンスを踊りました。

 

 私は身長175p、Sさんは170p、彼女達は如何見ても150p無いでしょう。マカオ人も広東人です。広東人は概ね小さいのです。

 

 彼女の顔は当然の如く、私の胸の辺りです。仄かな甘い香りに胸も躍る白楽雲です(オイオイ、あまり浮かれるなよ)。

 

 なんて事は毛頭考えていません。皆様の期待を裏切って申し訳ないのですが、私の心境は「困ったなぁ」が本音です。

 

 彼女たちの受け答えや態度で年を誤魔化してはいない事は明白ですが、如何見ても中学生くらいにしか見えないのです。残念ながら私もSさんも変な趣味は持ち合わせていません。

 

 また、過去のトラウマ(「女なんて嫌いだ!!」参照)で女性に対して極度に慎重な私は、うわべの付き合いは得意(学生時代は合コンマスター)でも、深入りすると腰が引けるのです。

 

 更に、お国の為、良き日本人を演じなければ、ならないのです。どこぞの馬鹿どものせいで、日本人はスケベでどうしようもない人種だと思われているのですからね・・・。本当ですよ。

 

 チークタイムが終わり、ライさんが賢明に彼女達を説得しているのが解ります。私達にはお持ち帰りの意思が無い事を告げ、ただお話するだけに止めました。 

 

 今は知りませんが、当時の中国は男女の関係にうるさく、外国人(特に日本人)を標的に摘発をするのです。外貨獲得の目的もあるのかも知れませんが。

 

 こんな話があります。ある商社マンが夫婦で中国に赴任していた時、買い物から滞在先のホテルに夫婦そろって帰り、部屋で男女の営みをなさっていた時の事です。

 

 武装した公安が踏み込み、銃を突き付けられ、一糸纏わぬあられもない姿でホールドアップを強要され、舐める様に観察されたのだそうです。怖いですね、恥ずかしいですね。

 

 パスポートで夫婦である事を訴えると、渋々退散して行ったそうですよ。彼らの楽しみの一つとも言えるのです。

 

 ホテルには私服公安が常駐し、外国人は絶えず行動を見張られているのです。

 

 運悪く摘発されると、散々説教された挙句、パスポートにスケベマークがデカデカと押され、入出国やホテルのチェックインの際に、散々笑われる事になるのです。かっちょわり〜。

 

 既に広州で「大失態」をやらかしている私は、これ以上の恥の上塗りは避けなければなりません。進退問題になります。

 

 実は、Sさんも同意見だったのですが、ライさんの執拗な説得に違和感を感じていたのです。思い過ごしかも知れませんが、もし私達が摘発されれば彼らは助けてくれるでしょう。

 

 当然私達は彼らに頭が上がらなくなります。あの師匠(オジサン)ならば、それぐらいの事は想定しているだろうと、妙に意見が合ったのです。そしてもう一つの理由が・・・。

 

 彼女たちは身なりや化粧もしていない風貌から、まっとうなお嬢様方なのでしょう。もし摘発されれば、彼女達もただでは済まない筈であり、恥の度合いは私達以上でしょう。

 

 男性の方々、海外に行ったら気をつけましょうね。特に政治家の皆さん、外遊だと浮かれていると、大変な事になりますよ。「 Honey Trap に御用心」召されよ・・・。

 

 貴方が身を亡ぼすのは勝手ですが、それをネタに国益を損ねる事になりかねません。

 

 翌日(調査最終日)の朝、孫中山故居を訪れたのですが、昨日の彼女達とばったり会い、手を振って別れました。その後に撮った写真です。

 

Honey Trap

 

 ちょっと複雑な表情をする若き日の白楽雲(26歳)の冬です。金正日に似ていると言われていたのですが、そんなに似てますかね・・・(でぶでぶの実のせいでちょっとぽっちゃり)。 

 

 さて、最終日です。最後の調査をしながら新会経由で広州へ帰るのです。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

大地の恵

 

(つづく)


龍穴の地

龍穴の地

とうとう最終日です。前日の Mission の成功で、すっかりやる気が失せた白楽雲は、ただサンプルを適当に収集しただけです。

 

 どうせ良い原料などある筈ないと決めつけていました。サンプルさえ取って置けば、どうにでもなるのです。なぜならば、どの鉱山も同じ様なもので、写真なんか使い回せば良いのです。

 

 スタップ細胞で、なんだかんだグダグダと騒いでいましたが、現場なんて皆同じ様なものです。誰も解る訳ないのであれば手を抜くのが人情と言うものですよ。

 

 スタップの失敗は、肝心なところを手を抜いた事でしょう。それにしても、日本中が一人の人間を悪者にして、責め立てるのですから、子供の虐めと大差ないですね。どうでも良い事なのに・・・。

 

 誤魔化してしまった行為は悪いですよ。でもね、一番悪いのは理研ですから、いや、研究に携わったもの全てに責任がある筈です。責任逃れの上手い奴は逃げ通すのですね。

 

 全てにおいて完璧な人間なんていないのです。たまたまどうでも良い事だから責められないだけです。インチキした事ない人っていませんよね。程々にして置きましょう。

 

 逆に言うと、明るみに出ないだけでいい加減なものは五万とありますよ。人命に関わるものについては誤魔化して貰いたくないですけどね。

 

 私の場合は、人命には関わりありませんので御容赦を・・・(ならんならん、この心の声が絶対に許しゃしないぞ)。もう過去の事です(そう言う問題か)。「没問題」(だめだこりゃ)。

 

 「解った、そんなに言うなら、第三者に調べて貰いましょうか、何も出て来ませんよ〜だ、アッカンべー」。

 

 珠海から斗門県を経て新会県の南に位置する崖南鎮と言う町にやって来ました。

 

 しかし、この町に入った瞬間に鼻に付く異臭は耐え難いものでした。反吐が出そうとはこの事ですね。それもそのはず、ここは漁村なのです。干し魚か、雑魚の腐った臭いでしょう。鼻が?げそうです。

 

 Mr. Cola こと師匠の Private Pear (専用埠頭)を見てくれと連れて来られました。町のはずれのここは、大河(川幅が1〜2q)の西岸で、河口に位置しています。ここまで来ると異臭はしません。

 

 そして、少し上流に行くと、原料置き場があり、「ここは風水的に非常に良い場所で、将来工場を建てたい」と夢を語る師匠でした。

 

 確かに、私が小学校の頃封印した我が家に伝わる風水書「楽雲気法」に記されている通りの場所と言えます(「私と楽雲気法」を参照)。いわゆる「龍穴の地」です。

 

 風水を拒否していた私は、「夢が実現すると良いですね」と、社交辞令を言いつつ、「風水なんて当てになるもんか」と腹の中ではせせら笑っていました。現実的な白楽雲だったのです。

 

 そして、密かに中国人とのコミュニケーションツールとして、悪用する事を考えていたのです。「中国人は風水がお好き」ってね(一体何企んでるんだよ)。もう一度風水に触れる機会を得たとも言えるでしょう。

 

 視察が終わり、昼食タイムと成ったのですが、先程の異臭の町、崖南鎮の政府庁舎の中にある食堂ですると言うのです。私は「それなら飯などいらねぇよ」と心の中で訴えるのでした。

 

 「こんな町、二度と来るもんか」と思う私が、後年7年もの間、この地に赴任する事になろうとは「運命の悪戯」か、はたまた「天罰か」、今でも悩む白楽雲です。

 

 以前から当ブログにお越しの方は御存じかも知れませんが、この地は正に「龍穴の地」で、私の人生も大きく変わる事になります(「広東省新会市」〜「続、年貢の納め時」までの一連の記事参照)。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

龍穴の地

 

(つづく)


マスカットキャンディ

マスカットキャンディ

昼食の為に、異臭の町、崖南鎮の政府庁舎の中にある食堂にやって来ました。

 

 「この悪臭何とかならんのかい」と心の中で毒づきながらの食事です。しかし、人間と言うのは不思議ですね。10分もすると慣れて来るのですね。またまたゴゥハイ(「蟹・蟹・蟹」参照)が出て来ました。

 

 これが最後のゴゥハイでしょう。漁村だけあって、魚介類は豊富ですね。まぁまぁ美味かったですよ。でも、やはりゴゥハイが一番でしたね。残念なのがビールがぬるい(ムキー)。

 

 漁村ですから仕方がありません。食堂のおばさんが氷を持って来てくれましたが、「 No thank you 」。どんな水で造ったか解りゃしません。下手すると食中毒を起こしかねません。

 

 広州に帰ればキンキンに冷えたビールが飲める筈です(口笛)。ここは我慢の一手です。

 

 食事が終わり、外に出ると広場に10人くらいの子供がたむろしています。そして、私達の方をシゲシゲと見ています。もう慣れっこの白楽雲です(「人気者」参照)。

 

 たまたま、非常食の飴玉(カバヤの「マスカットキャンディ」)を持っていた私は、子供たちに手招きをすると、その中の一人が恐る恐るやって来ました。

 

 一人にキャンディをあげると、「僕も私も」と近づいて来ます。何か小学校の校歌の一節みたいだな(知らねぇ〜し)。「僕の私の学び舎よ」てか(なんじゃそれ、「も」じゃなく「の」じゃねーか)。

 

 一通り渡し終えて、車に乗り込み出発です。窓から手を振ると子供達も手を振ってくれました。すると、遅れてやって来た子が、呆然と立ち尽くしています。

 

 「Stop」と叫び、車を止めてもらった私は窓を開け、その子に手招きしてやると走って来ました。他の子も後を追って来ます。

 

 キャンディーを渡し、残ったキャンティーも「みんなで分けて」と通訳して貰い、全部渡してやったのですが、ずっと手を振ってくれましたよ。「この子達に幸あれ」と心で祈る白楽雲でした。

 

 実はこの話には後日談があるのですが、それはまたの機会にと言いたいところなんですが、知りたいですか(誰も知りたくねぇ〜よ)。ではお話しましょう(言いたくて仕方がないんだろ)。

 

 どうせ後は広州まで特に話す事が無いんだからいいじゃん。

 

 この6年半後、何の因果かこの地に赴任する事になった白楽雲です(その経緯は「広東省新会市」を御参照下さい)。Mr. Colaこと師匠は夢を実現したのです。 

 

 私は前任者たちが滅茶苦茶にした工場の生産体制の立て直しに四苦八苦していました。

 

 工場のオペレーター養成が急務と考え、目をかけた奴を仕込んたのですが、思いもよらず良くやってくれたので、私の仕事は徐々に楽になって行ったのです。

 

 私はある晩、彼(奴)を誘い懐かしの異臭の町、崖南鎮の政府庁舎の中にある食堂にやって来ました。彼はガチガチに緊張しています。

 

 彼は、最近、雇われたばかりで、18歳(数えですから満17歳)です。ビールを飲みながらの食事です(オイオイ酒飲ましちゃまずいだろ)。

 

 酒が入り打ち解けて来たとみえて、こんな事を言い出すのです。「私が日本人に会ったのは○○先生が二人目です」と。

 

 「へぇ〜、何処で会ったの」、「ここで会いました」、「ほほぅ」、「中国には無い飴を貰って、あまりにも美味しいので、妹と母にもあげたんです、二人とも美味しいって言ってました」。

 

 彼の友達の父親が政府に勤めていて、日本人が来ると言う話を聞き、一目見てやろうと待っていたのです。ところがオシッコをしたくなり、用を足して戻ると、日本人は車に乗った後だったのです。

 

 そうです。あの時遅れてやって来た坊主が彼だったのです。私はその時の日本人である事を隠して、話を聞いてやりました。

 

 彼には病弱の母と、中学生の妹がいて、彼が働かなければ食べていけないのです。だから、「大抜擢して貰って給料がちょっと増えたのが嬉しい」と言うのです。

 

 そして、「みんな、日本人の事を悪く言うけど、自分は感謝しています」と、嬉しい事を言ってくれるではないですか(社交辞令だ、バーカ)。  

 

 私は、秘密を明かそうか迷ったのですが、たまたま、ウエストポーチの中に「マスカットキャンディー」があったので、「君が貰った飴ってこれだろ」と、彼に差し出すと目を丸くしていましたよ。

 

 私は、彼に「この道のプロになるつもりはあるか」と聞くと、「何でもします、教えて下さい」と嬉しい事を言ってくれるのです。私の初弟子と言っていいかもですね。

 

 私は7年間彼と仕事をしたのですが、工場は彼に任せていました。実質の工場長なのですが、会社はそれを認めてくれませんでしたね。

 

 私が去った後、この会社は私が企業スパイをしたイギリスの会社に買収され、Mr. Colaこと師匠は莫大な金を手にして、オーストラリアへ移住して行きました。

 

 その後、私の弟子は新しい会社で認められ、工場長になったと聞いています。人生何が起こるか解らないものですね・・・。私もこの地で、風水の驚異を身をもって体験したのです。

 

 さて、大きく脱線してしまいましたが、途中幾つかの鉱山を見学(調査じゃないのかよ)しながら、台山県(中国の県は日本の町にあたります)から仏山市を経由し、広州市へ帰還しました。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

マスカットキャンディ

 

(つづく)


最後の晩餐

最後の晩餐

広州に着いたのは午後7時過ぎです。直ぐに夕食と相成りました。

 

 今回の調査のお礼に、後半戦の2日目まで一緒だった国営企業の小柄で猫背のベトナム系の風貌の曾さん(「仕切り直し」参照)と、何と言っても主役の小柄な小汚いオッサンからMr. Colaこと師匠にまで昇格した香港のオジサンとの最後の晩餐です。

 

 二度とこの人たちと会う事は無いでしょう(後年まさか二人とも再会するとは思っていません)。折角だから日本料理を振舞ってあげましょう(お前が食べたかっただけだろ)。

 

 何を食べたか覚えていませんが、刺身は頼まなかったのは覚えています。当時の中国人は、火が通っていないものは絶対口にしません。また、日本だから安心して生ものが食べられるのです。

 

 中国では果物以外は生で食べるのはあまりにも危険なのです。君主危うきに近寄らずですね。ゲテモノが無いのが一番ありがたいですわ(やっぱり、自分が食べたかったんだな)。

 

 別れ際に、「またお会いできると良いですね」と心にもない事を言うと「是非、合作したい」と言う香港のオジサンでした。「合作って合弁の事か、それはナイナイ」と心で思ったのです。

 

 実は合作とは協力と言う意味で、前半戦の湖北省でも「やれ合作、それ合作」て言われて、「合弁する程の原料じゃないじゃん」と辟易していたのです。通訳は大事ですね。

 

 この日は疲れて粘土の様にいや泥の様に爆睡したのでした。

 

 翌日は午後香港に向けてのフライトですが、午前中は何もする事がありません。そこで、友誼商場(外国人専用土産物屋)で買い物をしました。親戚、御近所様、会社への土産です。

 

 どうせ父や母が言いふらしているに違いないですから手ぶらで帰る事は出来ないでしょう。面倒ですが、お約束と言う奴ですね。

 

 また、後半戦早々にしでかした「大失態」を少しでも軽くする為にも、会社への土産は必定でしょう。「魚心あれば水心」と言いますからね。

 

 さてと「何を買おうかな・・・」(ちょっと軽すぎじゃないのか)。 

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

最後の晩餐

 

(つづく)


御土産大作戦

御土産大作戦

さて、「御土産何にしようかなぁ〜」。酒と煙草は香港で買えばいいし、チョコレートも香港だよな(中国のチョコ不味そうだし)。

 

 そうそう、大学の大先輩から筆を頼まれてたよなぁ。でも良いのが無いなぁ。これでも、小学生の時、習字を習っており、筆の良し悪しはそこそこ解ります。毎年入選してたんですよ。

 

 でも、私より上手い女の子がいて、彼女は特選でしたね。実を言うと、「尿管結石」に登場する同級生の看護婦さんが彼女です。だから私の筆を観察してたんだな(恥ずかしい)。

 

 まぁいいや、五千円程度のをと言ってたから、これでいいや(いい加減だな)。しょうがないじゃん。どうせ解りっこないさ。

 

 あれ、硯があるじゃん。それも端渓の硯。親父が端渓の硯が欲しいって言ってたけど、なかなか形も良いし、買っときますか。

 

 端渓(タンケイ)と言っても古端渓ではないでしょう。だって値段が一万円ちょっとだから・・・。でも、端渓は端渓だしね。ただ硯箱が残念(上下が合ってない)。

 

 でもまぁいいか(オイオイ、ちょっと買うの待たんけ〜)。でも、父は喜んでましたよ。硯箱も自分で直してました、嬉しそうにね。

 

 商社のSさんが、「これ女性が喜びますよ」と言って勧めてくれたのが、珍珠膏( Pearl Cream )。肌が白くなるんだと、真珠の粉が入っているんだとか(ホントかなぁ〜)。

 

 どぉせ、カオリン(「カオリンを食べた事ありますか」参照)が入ってるんじゃないの。顔に泥塗って(それは禁句だろ)。まぁ会社の女性陣にはこれだな。御袋と姉ちゃんにも・・・。

 

 流石商社マン、Sさんの言った通り、女性に好評でした。中に何が入っていた事やら・・・。カオリンかな、へへへ」。どうも失礼おば・・・。

 

 御袋と姉ちゃんにこれだけではつり合いが取れんし、おっと、シルクのスカーフいいじゃん。それに、甥っ子(姉の子)に帽子は如何かな(キョンシーが被ってた奴、ウケルでしょ)。

 

 良し、これで決まり。もう中国には用はありません。さっさと香港に行きましょう。(^.^)/~~~。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

御土産大作戦

 

(つづく)


Hong Kong

Hong Kong

Hong Kong(香港)は広東語で「ヒャンコン」と言います。北京語では「シャンガン」です。多分広東語の発音の方が古代中国語に近いのでしょう。北京語は異民族の発音に置き換わって行ったんだと思います。

 

 ところで、広東省(ホンコンやマカオも含む)で、女性に向かって絶対に言ってはいけない言葉があります。それは「ハイ、ドウモ」。日本人ならば平気で言ってしまいそうですね。

 

 どうぞ、お気を付けください(何でだよ)。「知りたいって?」、それは言えません。私の口からは恥ずかしくて・・・。

 

 昔の香港空港を御存じでしょうか。市街地に程近い海にあったんです。内陸側からのランディングはスリル満点でしたね。

 

 ビルの間を左右に旋回しながらのタッチダウンは結構ビビリました(チビッたんだろ)。無事到着した時にはホッとしました(もしも〜し、無視かい、図星だな)。

 

 香港にはこのあと何回も来る事になったんですが、ある時、やはり山側からのランディングでしたが(もう慣れっこですのでチビッたり、いやビビったりしてませんよ)、なかなかタッチダウンしません。

 

 やっと、タッチダウンしたかと思ったら急ブレーキをかけるのです。今日は随分荒っぽいなと思って、地上を旋回した時に眼に入ったのが、「海、海、海、海〜、それは海〜、気を付けて」。ぎりぎりで着陸した様です(怖)。恐怖でしたね。

 

 あぁ、そうそう、これもだいぶ後の事ですが、北京から帰る途中、韓国の上空に差し掛かった時、機内サービスが始まったんです。

 

 私の前の席に食事か配られた時、突然機長が「当機は間もなく気流の悪い場所に差し掛かりますので機内サービスは中断させていただきます」と来たもんだ。

 

 「そんな殺生な」と思ったのですが、スッチー(この頃はCAとは言わなかったのです)は、私を 置いて行ってしまいました。

 

 前の席の人達は旨そうに食べてます。お預け食らったワンちゃんの様な気分です。しかし、だんだん揺れ出して、食事しずらくなって来ました。しばらくすると揺れが少し収まったのですが、次の瞬間・・・。

 

 ふわっと、体が浮いたと思ったら強烈な横Gで身体を右に持って行かれたのです。その感覚は、「空中浮揚」した時に似ていました。

 

 そして、「ドンガラガッシャ〜ン」。機内食のトレーが通路に落ちています。私はその瞬間を目撃しました。カメラを逆戻ししてみましょう。

 

 ふわっと、体が浮いた時、トレーごと機内食が宙に浮いて、つづく横Gで右に水平移動し、下に落ちて行ったのです。圧巻でしたね(前の席の人達、災難でしたね)。

 

 直前に揺れが収まったので、皆さん安心したのでしょう。突然エアポケットに落ちたんだと思います。押さえる間もなく、トレーは飛んで行ったのです。良いもの見せてもらいました。

 

 私の空中浮揚も、カメラが回っていたら同様な映像が得られたかもしれませんね。怖ろしや恐ろしや・・・。

 

 その後、気流が安定し、私はゆっくりと食事を楽しみましたよ。前の席の人達は恨めしそうに見てましたね。

 

 これも、「塞翁が馬」と言う事か。食事お預け(悲しい)→でもゆっくりと食事出来た(満足)→結果的に肥る(カッコ悪い)てなもんかな(何じゃそれ、余計な話が多すぎるんだって)。

 

 だって、尺が足らないと思ったんだもん(おめーはやり過ぎなんだって)。では、この続きは次回に・・・(何だよ、拗ねたんかい)。

 

 広州周辺の地図を参考にして下さいね。

 

Hong Kong

 

(つづく)


帰国

帰国

香港での仕事は、商社の香港事務所の表敬訪問のみ。これで仕事はすべて終了です。

 

 商社のSさんが、この機会に友人と会いたいと言うので、夕飯を一緒にする事になりました。私とSさんと友人夫婦の4人です。

 

 香港や台湾の人は夫が外で女遊びをしない様に、夫婦同伴で現れる事が多々あります。それを逆手にとって、夫婦同伴と称して愛人を連れて来る人もいるみたいですが(笑)。

 

 つい2・3年前まで中国で生活していたのですが、最近、香港の永住権を獲得したんだそうです。つまり、親が政府要人または金持(改革開放成金)のボンボンですね。

 

 香港で人気のしゃぶしゃぶの店だと連れて来られたんですが、店頭に並んだ夥しい「蛇、蛇、蛇、蛇〜、それは蛇、気を付けて」。またしてもニョロニョロの登場です。もう止めて。

 

 流石に、牛肉も用意してもらいましたが、耐え難いのは、何と言っても、店先で蛇の皮を生きたまま剥ぐのです。文化の違いとは怖ろしいものです。それも若い女性がやってるんですよ。

 

 私には「無理、無理、無理、無理〜、それは無理、地獄です」(さっきから、詐欺の歌を勝手に変えて使ってるけど青森県警に怒られっぞ)。

 

 この日はゆっくりと休み、翌日無事帰国を果たした白楽雲、初めての海外出張の全巻の終わりでございます(やっとかよ)。

 

 中学生の時、民放で「スカイハイ」と言う映画を見て、香港に行ってみたいと思ったものです。実際に来てみると大したことないですね(何だ何だ、また無駄話か)。

 

 テーマ音楽は「ジグソー」の「スカイハイ」だったかな。

 

 主人公の香港人と、白人の女性の絡みが白楽雲少年を刺激したのでしょう。それ以来、ダイアン・レイン、ソフィー・マルソーなど西洋の女性に夢中の10代でござった。

 

 今は改心して、日本女性がいや東洋の女性(そう言わないと嫁が怒るので)が一番ですね(よく言うよ、ロシアで悪い夢みたくせに)。それは内緒でござるよ。反省しております。

 

 もし気になる方いらっしゃったら(いる訳ないやろ)、「ウラル山脈 No.4」を御参照下さい。ついでにテーマ「龍脈を行く」シリーズもどうぞ・・・。

 

 と言う訳で(どう言う訳だ)、日本の女性の前ではモジモジしてしまう白楽雲です(やかましい、さっさと終われや)。

 

 ほぼ一か月にもわたり、くだらない記事に御付き合いいただき、誠にありがとうございました。これからも、くだらない記事を書き続けて行く所存でございます。何卒よろしくお願い申し上げ奉ります。

 

 帰国してから食べたラーメンが美味かったなぁ〜。

 

(終)


お前の母ちゃん出べそ

お前の母ちゃん出べそ

ブログ止めようかなとも思っていましたので、あんな終わり方をしましたが、帰国後の顛末を知りたい方もおられるでしょう(さてどうかな、いるとも思えないけどなぁ)。

 

 帰国しても休暇なんてありません。正確に言うと、休暇取ったら後の仕打ちが大変なのです。会社って言うのはルールなんてあって無きの様なものですからね。怖い怖い。

 

 帰国の翌日出社した私は、何時も虐められていたお局様に「珍珠膏」と香港で買った「マカダミアチョコ」をお土産と称して渡しました。喜んでましたね(顔に泥)。成功成功。

 

 しかし、直ぐに事業部長に呼ばれ、「たちんぼ」です。「たちんぼ」って何かって、それは衆人観衆のもと、立ったまま長時間説教される事です。しかも大声で・・・。

 

 この日の事業部長はよほど機嫌が悪かったと見えて、「馬鹿、阿保、たわけ、間抜け、死ね、辞めちまえ、給料泥棒、お前の母ちゃん出べそ」など、ありとあらゆる暴言を吐かれたのです。

 

 それも未だかつてない2時間コースと来たもんだ。大体、1時間が相場だったのですが、それだけ前代未聞の「大失態」をやらかしたと言う訳です。

 

 そして、極め付けが、香港一泊した事に関連付けて、「やったんだろ」、「は・・・」、「やったわな」、「何をですか・・・」、「やらん訳ないよな」、「おっしゃってる意味が・・・」、「やったんだろ、やったわな、やらん訳ないよな、やっただろ、間違いなくやったよな、程々にしとけよ」。

 

 私は「この人はそう言う人か、やってるんだ、いや、やっちゃうんだ」と思ったのです。台湾に事務所があり、事業部長は良く出張に行きます。香港は関係ないのに必ず立ち寄るのです。

 

 今は知りませんが、イギリス統治下の香港は合法だったのです。それ以来、事業部長が出張すると「やるんだろ、やるわな、やらんわけないよな、程々にね」と心で思ったものです。

 

 面白おかしくおちゃらけて書いていますが、出張がどれ程シンドかったか、読者の方には解って貰えていると思いますが、やろうと言う心の余裕などなかったのです(ホントか)。

 

 いや私も男ですから人並みの願望はありますから、この時「ほほう、やっても許されるんだ」とは思いました。でも、天地神明に誓って、「やってません!!」(言えば言うほど怪しいぞ)。 

 

 実は子供がままだ小さい頃、悪戯をすると「やったんだろ、やったわな、やらん訳ないよな、程々にしとけよ」と言うのがマイブームでした(え〜い、何の話してんだ、いい加減にしなさい)。 

 

 私がやったと決め込んだ事業部長は機嫌を直し、私は解放されたのです。席に着くと先輩や同僚が憐みの眼で慰めの言葉をかけてくれますが、腹の中では笑っているのです。

 

 これで私は彼らの驚異とならないと判断されたのでしょう。一月ほどは平穏だったのです(お局様もね)。が、しかし、思わぬ展開が待っていたのでございますよ。

 

 先ず「Mission」の報告書(「Mission: Impossible」参照)を提出(また「たちんぼ」で犯罪行為だと説教されました)したのですが、事業部長はそれを持って自慢げに顧客回りをしたそうです。

 

 後年、私が中国駐在の挨拶に顧客を訪ねた時、「アンタが伝説の企業スパイか、ほんで、今度は鉄砲玉か」と言われ、「命だけは大切にし〜や」と言われてしまいました。

 

 前半の湖北省の「息子の山」の原料がとんでもないヒット商品になる事は申し上げましたね(「息子の出生の秘密」参照)。

 

 後半の広東省で出逢った香港のおっさんに案内してもらった原料が有望で、将来新事業が立ち上がる事になるのです。結局将来、私が駐在する事になるんですけどね(「広東省新会市」からの一連の記事参照)。

 

 一回の出張で三冠を果たした様なものです。御蔭で、事業部長は二匹目(正確には4匹目ですか)のドジョウを狙って、私を中国原料調査担当にしたのです。良いのか悪いのかね・・・。

 

 帰国早々大黒星を押された私ですが、次から次に白星が押されたのですから、先輩や同僚たちがどんな気持ちだったかお解かりになると思います。早い話が嫉妬です。

 

 「嫉妬」は女性の代名詞の様に言われますが、男の嫉妬は手が込んでいて、エゲツナイのです。成功して有頂天になっていると、何時しかひっくり返されますので御用心。

 

 結局、今まで以上に虐めや嫌がらせを受ける事となるのです。何て可哀相な白楽雲青年でしょう。誰か私を慰めてくれる人はいないのか。いないのですね・・・。6年間の地獄でした。

 

 まぁ、これも将来の布石と成ったのですから、良い思い出となっています。今は笑って話せますね。もし道でばったり会う様な事があったら・・・。

 

 「やっぱり、ぶん殴ってやる」 (そんな勇気ないくせに)。

 

(今度こそ終わりだよ、一回目の出張はね・・・)


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